え出来なかった。
「これはいったいどうしたんだ!」私は声を筒抜かせて無意味に室の中を見廻した。ほんとにこれはどうしたんだ! 棕櫚縄の梯子は私の足もとに手繰《たぐ》られて置かれてあるではないか! いったい誰が手繰ったんだろう? 云うまでもなく「恩人」だ! どういう意味で手繰ったんだろう?
「ほんとにどういう意味だろう?」
 私はしばらく考えた。
 私の胸へ光明が一筋しらしらと白んで来た。
「そうだ!」と私は膝を打った。「小屋に住めという謎なんだろう! 雑草を苅って径をつけてここまで私を導いて来て梯子を外ずしたというのだからこれより他に考えようはない……住めというなら住むことにしよう。住みよさそうな小屋でもあるし猛獣の害から遁がれることも出来る。的《あて》なしに林を彷徨《さまよ》うよりここにいた方がよさそうだ」
 私はにわかに決心して室の掃除に取りかかった。それから自分で縄梯子を掛けて林の方へ枯草を採りに――それで寝床を拵えるつもりで――雑草を分けてはいって行った。
 その日とそしてその翌日と二日かかって小屋の中を規則正しく片附けた。今のところ食料と飲料水とは「見えぬ恩人」が持って来てくれるので心配する必要はなかったけれど、いつそれが中止《やめ》になるかもしれぬ。自分で食物と飲料水とを供給することに心掛けなければ困難な目を見るだろう……このように私は考え付いたので果実《このみ》の所在と泉の出場所とを毎日熱心に探し廻った。
 私はこんなように考えた……。
「こんな厳重な小屋を造って猛獣狩りをした位だから、十日か二十日で小屋を見捨てて立ち去って行った筈はない。一月や二月は小屋に籠もって生活していたに相違ない。あるいは半年も一年もここに籠もっていたかもしれない。それではその間を猟師達は市《まち》から持って来た食料や水で、生活をしていたろうか? 五人の猟師の一年間の食料! それは随分大したものだ。とてもそれだけの大量の物をこの小屋へ貯えては置かれない。それでは彼らはどうしたろう? 自分の思うところでは恐らく彼らは食料や水を小屋の附近の林の中で求めていたに違いない! だからそいつをこの俺も林の中で見つけよう」
 幸いにも私のこの考えは間もなく事実になって裏書きされた。半|哩《マイル》と離れない林の中で二つとも私は見つけたのであった。すなわち、泉と果物の樹とを……

    第六回 宝庫を守る有尾人種(中)


        二十八

 私の見つけた果樹園には椰子《やし》や檳榔樹《びんろうじゅ》やパインアップルやバナナの大木が枝も撓《たわ》わに半ば熟した果実《このみ》をつけて地に垂れ下がっているのであって、その果樹園の中央所に四方を石で畳み上げた人工の泉が湧き出ていた。苔や木の葉に蔽われてはいたが、玉のような水は濁りもせず掌に掬《すく》って飲んで見ると一種の香味と甘味とを備えて大変軟らかな水である。
 果樹園と泉とを見つけてからは私は急に心強くなって生活にも不安が伴わなくなった。菜食人種の私にとっては、魚肉や獣肉の食われないということもさして苦痛とは思われない――このように私が果樹園を発見したということを例の「眼に見えぬ恩人」はどこかで見ていて知ったと見えて、もはや果物や清水の類を持って来ることをしなくなった。その代りある日土人用の弓と矢とをこっそり持って来てくれた。それにもう一つ火打ち石と火打ち鎌とを持って来てくれた。おかげで私はそれ以来鳥や獣を獲ることが出来て、それらの肉を火で炙《あぶ》って賞味することが出来るようになった。私はその時まあどんなに一|摘《つま》みの塩を欲しく思ったろう! 塩を持たないこの私は果物を絞ってその液に浸してわずかに肉を食うのであった。
 私の日々の生活はロビンソン・クルーソーそっくりであった。小屋で備忘録を認める。朝食として食べるものはバナナ三個に無花果《いちじく》に、椰子の果実を四分の一。昼までは私は腰かけたまま種々のことを考える。それから私は猟に行く、腰へ拳銃と弾丸帯をつけて手に土人用の弓を持って背中へ矢筒を背負った姿で林の中へ行くのであった。私は猟をしながらも例の「眼に見えぬ恩人」を探し出そうと苦心した。そして私はその恩人がどんな所に住んでいるか、彼の住んでいる土人部落を発見したいものだと思いながら林中を縦横に歩くのであった。半日林中を狩りくらして陽のあるうちに小屋に帰って夕飯の仕度にかかるのであった。夜は獣油に燈心を浸して乏しい光をそれで取った。
 燈火《ともしび》は点けても心を慰める書物一冊手もとにはない! この寂しさは何んと云おう! 寂しいと云えば万事万端寂しくないものは一つもない。林を渡る嵐の音、丘で嘯《うそぶ》く豹の声、藪で唸っている狐の声。……
 ある夜銃眼から覗いて見ると一匹の豹が小屋の扉を
前へ 次へ
全60ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング