種が集まって出来た土人軍の五十人が先頭に立って、進む後から、白人の一団が進んで行く、その後を小荷駄の一隊が五十人の土人軍に守られて粛々として歩をすすめる。数百年来人跡未踏の大森林は空を蔽うて昼さえ夕暮れのように薄暗く、雑草や熊笹や歯朶《しだ》や桂が身長より高く生い茂った中を人馬の一隊は蠢《うご》めいて行く。先頭の一団は斧や鋸で生木を払って道を造り岩を砕いて野を開き川を埋めて橋を掛け後隊の便を計るようにすれば、後隊の方では眼を配ってダイヤル人種、マキリ人種などの食人種族の襲撃から免れしめるように心掛ける。先頭の隊で太鼓を打てば後方《うしろ》の隊でも太鼓を打つ、白人隊で喇叭《らっぱ》を吹けば土人軍でも喇叭を吹く。そして時々喊声を上げて猛獣の襲来を防ぐのであった。白人は全部馬に乗り土人軍でも酋長だけはボルネオ馬に騎《また》がった。暁を待って軍を進め陽のあるうちに野営した。斥候《ものみ》を放し不眠番《ねずのばん》を設けて不意の襲撃に備えるのであった。一日の行程わずかに二里、目的《めざ》す土地までは一百里、約二ヵ月の旅行である。しかも最後の目的地にはたして宝庫があるや否やそれさえ今のところ不明である。それに、もう一つラシイヌ達にとって、心にかかることがある。袁更生一派の海賊がやはりこの島に上陸していて、やはり土人達の唄を聞きまた土人達の伝説を聞いて宝庫の所在《ありか》に見当を付けて、その宝庫を発《あば》くため探検隊を組織して奥地に向かって行きはしないか? もしも彼らが行ったとしたら我々白人の探検隊よりも遙かに便宜がある筈である。ボルネオ土人の風習として亜細亜《アジア》人に好意を尽くすからである。土人の好意を利用して彼ら亜細亜《アジア》人の海賊どもは捷径《ちかみち》を撰んで奥地に分け入り、我々よりも一足先に宝庫の発見をとげはしないか? ――これがラシイヌ達の心配であった。それで彼らは一刻も早く奥地地帯へ踏み込もうと土人軍どもを鞭韃した。しかしどのように鞭韃しても荊棘《いばら》に蔽われた険阻の道をそう早く歩くことは出来なかった。

        二十五

 行く行く彼らは土人の部落――すなわち部落へ到着《ゆきつ》くごとに飾り玉や玩具を出して見せて彼らの食料と交換した。米や野菜や鶏や卵や唐辛《とうがらし》または芭蕉の実やココアなどと貿易したのである。部落《コホン》の土人は想像したより彼らに敵意を示さなかった。貯蔵《ため》ていた食料を取り出して来て惜し気もなく彼らと交換した。そして一行を歓待して土人流の宴会を開催《ひら》いてもくれた。羽毛を飾った兜《かぶと》を冠って人間の歯の頸飾りをかけ、磨ぎ澄ました槍を手に提げ宴会の庭へ下り立って戦勝祝いの武者踊りをさも勇猛に踊ってくれた。もっとも時には一行に向かって敵意を現わす部落もあった。バンバイヤ河の水源のバンバイヤ湖へ来た時に突然|葦《あし》の繁みから毒矢を射出す者があった。味方の土人が五、六人それに当たって地に倒れた。それに驚いた味方の土人は一度に後に退いたが旋条銃の狙いをよく定めてやがて一斉にぶっ放した。次第に消えて行く煙りの間から湖水の方を眺めて見ると独木舟《まるきぶね》がおよそ十五、六隻|周章《あわ》てふためいて逃げて行く。多数の死傷者があるらしい。味方の土人は勢いを得て岸に沿うて敵を追おうとしたがラシイヌはそれを許さなかった。伏兵のあるのを恐れたからだ。味方の負傷者を調べて見るといずれも傷は浅かったが、鏃《やじり》に劇毒が塗りつけてあるので負傷者はのた打って苦しがる。そしてだんだんに弱って行く。マーシャル医学士は智恵を絞って負傷者のために尽くしたけれど、二人だけはその夜息が絶えた。土人の死骸を埋葬してから一行は尚進んで行った。一つの部落へ着いた時、不思議にも部落は空虚《から》であった。一人の土人の姿もない。そこで一行は安心して部落の空地へ天幕を張って、その夜の旅宿をそこに定め各※[#二の字点、1−2−22]眠りにつこうとした。ちょうど真夜中と覚しい頃、突然部落の家々から一斉に焔《ほのお》を吐き出したので、一同は初めて土人達の計略に落ちたことを感付いた。焔はその間も天幕を包んで四方から刻々に襲って来る。立ち昇る火の粉を貫いて雨のように毒矢が降って来る。無智の土人達は火を怖れて消そうともせず顫《ふる》えている。馬や水牛やボルネオ犬は――いずれも荷物を運ばせるために市《まち》から連れて来た家畜であるが――火光に恐れて手綱を切って焔を目掛けて飛び込もうとする。味方は火薬を持っているだけに危険の程度が大きいのであった。火焔が天幕を焼くようになったら自《おのず》と火薬は爆発しよう。五十貫の火薬箱がもし一時に爆発したら、一行百余人の生命《いのち》は粉な粉なになって飛んでしまうだろう!
 ラシイヌもレザー
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