きつくでしょう。沙漠に立っている羅布《ロブ》人の村! 人口は約二百人、飲まれる泉が湧いています。青々と常磐木《ときわぎ》が茂っています。沼には魚が住んでいて葦《あし》の間には水禽《みずとり》がいます。住民はみんなよい人です。音楽と盗みとが上手です。沢山の伝説を持っています。彼らの中の頭領は七十に近い老人です。綽名《あだな》を沙漠の老人と云って幾個《いくつ》かの伝説と幾個かの予言と幾個かの迷信とに養われている魔法使いのような翁《おきな》です。住民の家は灰色で土で造ってありますけれど老人の家だけは木造りでしかも真紅に塗られています。真紅な家へいらっしゃい。そこに私がいるのです。
可愛らしい支那の貴公子よ。妾《わたし》の言葉を信じなさい。東洋人同志ではありませんか。
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第三の手紙は昨夜来た。次のような文句が記してあった。
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私はあなたに命じます! 今度こそ実行なさいましと。しかしあなたはこのわたしをきっと疑っておいででしょう。あなたの疑いを晴らすためわたしの素性を申し上げましょう。私は土耳古《トルコ》の将軍でピナンという者の二番目の娘のエルビーという女です。私は宮廷で育ちました。皇后の侍女頭をしていました。ある夜新しい命婦《めいぶ》のために皇帝は夜会をひらかれました。諸国から献ぜられた五人の命婦はいずれも憂欝な顔をして席に控えておりました。五人のうちで一番若い――十七位の波斯《ペルシャ》乙女はわけても悲しそうな様子をして眼を泣き脹らしておりましたので妾の注意をひきました。宴会が終えて命婦達が各自の椒房《ハレム》へ帰った時、私は皇后の許しを受けて命婦達を慰問に行きました。例の十七の可哀そうな命婦の華麗な椒房《ハレム》へ行って見ると、可憐の乙女は寝台の上でシクシク泣いておりました。私は侍女を遠ざけてから乙女に慰めの言葉をかけてその身の上を尋ねました。乙女の言葉によりますと、乙女は波斯《ペルシャ》でも由緒正しい絹|商人《あきんど》の愛娘で、その時からちょうど一月前、父母に連れられてコンスタンチノーブルへ観光に来たのだそうでございます。ところが白昼|誘拐《かどわ》かされ朝廷の大官に売られたのをその大官がさらにそれを皇帝に献じたということです。娘は私に云うのでした。「どうぞここから逃げられるようにお取り計らいくださいまし。ここに手
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