きご興行かな、いかにとしてか殿下様へ、お茶をば申べき、望ても叶べき事ならず、かゝる御意こそ有難けれと、右近の馬場の東西南北に、おの/\屋敷割を請取て、数奇屋を立てられける」
こうその頃の文献にあるが、これはとんでもない[#「とんでもない」に傍点]嘘なのであった。みんなは迷惑をしたのであった。
「さて、和漢の珍器、古今の名匠の墨跡[#「墨蹟」は底本では「黒蹟」]、家々の重宝共此時にあらずばいつを期すべきと、我も/\と底を点じて出されける」
これは何うやら本当らしい。
秀吉の御感を蒙って、高値お買上げの栄を得ようか、お目に止まったに付け込んで、献上して知行増しを受けようかと、そういうさもしい[#「さもしい」に傍点]心から、飾り立て並べたものらしい。
「さる程に時移りて、已に明日にもなりしかば、秀吉公仰せられけるは、一日に百座の会なれば、天あけてはいかがかとて、寅の一天よりわたらせ給ふべきよし、仰出されけり。お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」
これも将しく其の通りであった。
「大小名のかこひの前なる蝋燭は[#「蝋燭は」は底本では「臘燭は」]、たゞ万燈に異ならず、百座の会なれば、いかにも短座に見えにけり」
これにも相違は無かったらしい。
「かくて時刻も移りければ、やう/\百座成就し給ひて、還御をよびたまふ。秀吉公西をごらんありければ、すこし引き退きて萱の庵見えにけり」
「玄以玄以」と秀吉は呼んだ。「鳥渡風流だな。何者か?」
「一興ある茶湯者《すきしゃ》でございます。堺の住人とか申しますことで」
「おおそうか、寄って見よう」
「竹柱にして、真柴垣を外に少しかこひて、土間をいかにも/\美しく平《なら》させ、無双の蘆屋釜を自在にかけ、雲脚をばこしらへて、茶椀水差等をば、いかにも下直なる荒焼をぞもとめける。其外何にても新きを本意とせり。我身はあらき布かたびらを渋染にかへしたるをば着、ほそ繩を帯にして、云々」
これが庵の有様であり又亭主の風貌であった。
亭主は土に額をつけ、かしこまって謹しんでいた。
二
「作意の働き面白いな。手前を見たい。一服立てろ」
秀吉は端座した。
亭主、恭しく一揖し、雲脚を立てて参らせた。
「これは、よく気が付いた。百座の茶、湯で満腹だ。かるがると香煎を出したのは、言語道断云うばかりもない。……名は何んというな、其方《
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