けれど、態度たるや然うでは無い。軽口頓智を申上げ、それで殿下がお笑いになれば、唯無性と嬉しくなる。こういう心持は何う弁解しても、傭人の卑窟心だ。操っている操っていると思い乍ら、いつか人形に操られている、可哀そうな馬鹿な人形師! どうやら其奴が俺らしい。成程なあ、こうなって見れば、浪人した五右衛門は利口だわえ」
彼は怏々として楽しまなかった。
五
剽盗になってからの五右衛門は、文字通り自由の人間であった。
本能によって振舞った。
快不快によって振舞った。
所謂る徹底した功利主義者として、天空海濶に振舞った。
「その結果が愉快でさえあれば、動機なんか何うだって構うものか」
これが五右衛門の心持であった。
だが、賊としての五右衛門の、その凶悪の事蹟に就いては、既に大分の読者諸君は、講談乃至は草双紙によって、先刻承知のことと思う。で、詳しくは語るまい。
関白秀次に仕えたのは、秀次の執事木村常陸介と、同門の誼《よしみ》があったからであった。
「おい、仕えろ」「うん、よかろう」
こんな塩梅に簡単に、常陸介の周旋で、五右衛門は秀次へ仕えたのであった。
当時秀次は聚楽第にいて、日夜淫酒に耽っていた。
「天下はどうせ秀頼のものだ。俺は廃嫡されるだろう。どうも浮世が面白くない。面白くない浮世なら、面白くしたら可いじゃ無いか」
で、淫酒に耽るのであった。
快楽主義者の五右衛門に執っては、秀次は格好な主君であった。
素敵に愉快な日がつづいた。
或る時常陸がこんなことを云った。
「五右衛門、一働き働いてくれ」
「よかろう、何んでも云い付けるがいい」
「伏見の城へ忍んでくれ」
「…………」
さすがに五右衛門も黙って了った。
よく其の意味がわかったのであった。「ははあ常陸奴この俺を、刺客にしようというのだな」
ややありて五右衛門は「諾《うん》」と云った。「俺はいつぞや秀吉の襟へ、小柄を縫い付けたことがある。つまり、なんだ、その小柄を、今度は深目に刺すばかりだ」
×
五右衛門が秀次に仕えたと聞くと、ひどく秀吉は恐怖した。
そこで諸国へ令を出し、名誉の忍術家を召し寄せた。
その中から十人を選抜し、「忍術《しのび》十人衆」と命名し、大奥の警護に宛てることにした。
一条弥平、一色鬼童、これは琢磨流の忍術家であった。
茣座小次郎
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