ん》の力など借りぬ! 俺《おい》一人で送って行く! 帰れ帰れ、汝《おはん》帰れ!」
 力士陣幕に似ているといわれる、肥えた大きなお躰を、いつものんびりと寛《ゆる》がせて、子供に懐《なつ》かれるような優しいお顔を、たえず長閑《のどか》そうに微笑させておられる、そういう吉之助様ではありましたが、たまたまお怒りになりますると、雷《らい》が落ちたと申しましょうか、霹靂《へきれき》が轟《とどろ》いたと申しましょうか、恐ろしいありさまでございました。
(いったいどうなることだろう?)と、私は小さくなって見ていました。
 でも何んともなりませんでした。吉之助様に対しますると、弟のように柔順な俊斎様が、
「これは俺《おい》がよくなかった。軽卒な真似など決してせぬ。帰れといわれて帰られるものではなし、一緒に上人を送らせてくれ」
 と、こう穏《おだや》かに詫びましたので、吉之助様の怒りも解け、
「俺《おい》も少し云い過ぎたようじゃ」
 と、気の毒そうに云ったからでした。
 この間ご上人様は何もおっしゃらず、透きとおるほど白いお顔の色、和尚様《おしょうさま》と申そうよりも、尼君様と申しました方が、いっそう似
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