しんちゅう》のような厭な色をして、茫《ぼう》とかかっている月を見上げ、物思いにふけっておられました。でもいよいよお別れとなって、
「ご上人様、おすこやかに」
 と、こう村岡様がおっしゃいますと、
「お局《つぼね》様、あなたにもご無事で。……が、あるいは、これが今生の……」
 と、たいへん寂しいお言葉つきで、そうご上人様は仰せらました。
 行き過ぎてから振り返って見ましたところ、まだ村岡のお局《つぼね》様には、同じところに佇《たたず》んで、こなたを見送っておられました。
 それから私たち三人の者は、ご上人様のご懇意の檀那《だんな》で、御谷町《おたにまち》三条上ルに住居しておられる、竹原好兵衛様というお方のお家へ、落ち着きましてございます。
 すると有村|俊斎《しゅんさい》様が、間もなく訪ねて参られました。
 吉之助様と同じように、薩州様のご藩士で、勤王討幕の志士のお一人で、吉之助様の同士なのでございます。
「さて上人の扮装《みなり》だが、何んとやつしたらよかろうのう」
 と吉之助様はこうおっしゃって、人並より大きい切れ長の眼を、ご上人様へ据えられました。
 すると側《わき》にいた俊斎様が
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