大声で云われました。
捕吏らしい様子の者が十二、三人と、早立ちの旅人らしい者が五、六人がところ、土間にも門口《かどぐち》にも門《かど》の外にも、ごちゃごちゃ入り混んでおりまして、茶屋は混雑しておりました。
駕籠は門口へ据えられたのでした。
往来を警戒するかのように、捕吏たちの多くはその門口に、かたまって立っていたのでしたが、その真ん中へ駕籠を据えられ、吉之助様や俊斎様に、そんなような態度に出られましたので、疑惑を起こさなかったばかりでなく、むしろ飽気《あっけ》にとられたような様子で、駕籠から離れてしまいました。
そこで私たち三人の者は、駕籠をその場へ舁《か》き据えたまま、土間の中へはいって行き、上がり框《がまち》へ腰をかけました。
と、この茶屋の娘らしい女が、茶をついだ湯呑みを盆にのせて、人混みの中を分けるようにして、ご上人様の駕籠の方へ歩いて行きかけました。
その時声が聞こえましたっけ。――
「ちょいと娘さん妾《わたし》へおかしよ。……妾の方が近間だよ。……代わってお給仕してあげようじゃアないか」
綺麗な張りのある声でした。
門口に近い柱に倚《よ》って、甲斐絹《かいき》の手甲《てっこう》と脚絆《きゃはん》とをつけ、水色の扱《しご》きで裾をからげた、三十かそれとも二十八、九歳か、それくらいに見える美しい女が、そう云ったのでございます。痩せぎすで身丈《せい》が高く、抜けるほど色が白い、眼は切れ長で睫毛《まつげ》が濃く、気になるほど険があり、鼻も高く肉薄で鋭く、これも棘々《とげとげ》しく思われましたが、口もとなどはふっくりとして優しく、笑うと指の先が沈むほどにも、左右に靨《えくぼ》が出来るという、そういう眼に立つ女でした。
「ではおねがいいたします」
茶屋の娘がこう云い云い、差し出した盆を片手で受け取ると、その女はそれを持って人を分けて、門口《かどぐち》の方へ行きました。
ご上人様の駕籠に近寄ったのでした。
何がなしに不安を感じまして、私はハッといたしましたが、吉之助様も俊斎様も、同じように不安を感じられたと見えて、顔を見合わせましてございます。
といってどうすることも出来ませんので、私たちはじっと見詰めていました。
駕籠へ近寄りますとその女は、何か云ったようでございます。すると駕籠の扉が細目に開いて、ご上人様の手が出ました。湯呑みを取ろうとな
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