つかわしく思われるような、端麗|柔和《にゅうわ》の上品のお顔へ、微笑をさえも含ませて、争いを聞いておられました。これは吉之助様のご性質や、俊斎様のご性質を、知りきっておられたからでございまして(争いの後には和解が来る)ことを、見抜いておられたからでございます。
ご上人様を上等のお駕籠にのせ、私たち三人がご警護して、竹原様のお家《うち》を出ました時、東の空は白みはじめ、涼しいよりも少し肌寒い風が、かなり強く吹いておりました。
二
駕籠の前方半町ばかりの先を、俊斎様が警戒して歩き、吉之助様が駕籠|側《わき》に附き、私がその後からお従いする――といった順序で歩いて行きました。坊主負いにした風呂敷づつみの荷物を、揺り上げ揺り上げ従《つ》いて行く私の、眠りの足らない眼にも町の辻や角に、捕吏らしい人影の立っているのが見えて、心がヒヤヒヤいたしましたが、眼にとめて駕籠を見送るばかりで、誰何《すいか》するものとてはありませんでした。平然と歩いて行ったからでしょう。
こうしてとうとう京の町を出はずれ、竹田街道へさしかかりました。と先を歩いていた俊斎様が、足早に引っ返して参りまして、
「捕吏《いぬ》らしい奴ばらが十二、三人、向こうの茶屋に集《つど》っておるがな」
と、吉之助様に囁《ささや》きました。
「さよか」と吉之助様はおっしゃいまして、しばらく考えておられましたが、「轎夫《かごや》、この駕籠を茶屋の前で止めろ、人数の真ん中へ舁《か》き据えてくれ」とこのようにおっしゃってでございます。
私も驚きましてございますが、俊斎様も驚いた様子で、首を一方へ傾《かし》げましたが、でも何んともおっしゃいませんでした。(西郷どんは大相もない人物、考えがあってやることだろう)と、こう思われたからでございましょう。
茶屋というのは立場茶屋《たてばぢゃや》のことで、町から街道へ出る棒端《ぼうはな》には、たいがいあるものでございます。
そこへ駕籠が据えられました。
と、不意に吉之助様が、
「あんまり早く起こされたので、わッはッはッ、この眠いことはどうじゃ。渋茶なと啜《すす》らんと眼が醒めんわい」
と、大きな声で云われました。
すると隙《す》かさず俊斎様が、
「俺は酒じゃ、冷酒《ひやざけ》じゃ。こいつをキューッとあおらんことには、腹の虫めがおさまらぬげに」
と、これも
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