前から[#「それ以前から」は底本では「それ以然から」]杉浪之助は、担がれている女へ眼をつけたが、姿こそ旅装で変わってはいたが、いつぞやの夜、本郷の屋敷町で、危難を秋山要介と共に、救ってやった鴫澤《しぎさわ》家の娘、澄江であることに気がついた。
「やあ汝《おのれ》ら!」と浪之助は叫んだ。
「その女は拙者の知人、汝らに担がれ行くような、不束《ふつつか》のある身分の者ではない。……放せ! 置け! 汝等消えろ!」
「何を三ピン」と八五郎は怒鳴った。
「どこの二本差か知らねえが、俺らの獲物を横から来て、持って行こうとは気が強えや! ……問答は無益だ叩きのめせ!」
「よかろう、やれ!」と命知らず共、担いでいた澄江を抛り出すと、脇差を抜き無二無三に、浪之助と藤作とに切ってかかった。
「殺生ではあるがその儀なれば」
刀を引き抜き浪之助は、ムーッとばかりに中段につけた。
性来堕弱の彼ではあり、剣技にも勝れていない彼ではあったが、三カ月というもの秋山要介に従い義侠の精神を吹き込まれ、かつは新影流《しんかげりゅう》の教えを受けた。名人から受けた三カ月の教えは、やくざ[#「やくざ」に傍点]の師匠の三年に渡
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