から手を出し、横取りしたというのではない。向こうからお膳を据えたので、林蔵との関係は知っていたが、そこは売物買物だ。こだわらずに膳を食べたまでだ。とはいえ林蔵の身になってみれば、気持のいいことはあるまいよ。……そんなお山のことばかりでなく、従来縄張りの争いから、気持の悪いことばかりが、双方の間にあったはずだ。そこで林蔵はその葛藤を、今日一気に片付けようと、てい[#「てい」に傍点]のいい真剣の試合に事寄せ、俺を討取ろうとするのだな)
 ただし猪之松は昨夜山城屋が、林蔵に戸閉めをくれた上、馬大尽が来ているなどと、嘘を云ったというようなことは、夢にも知ってはいなかった。というのは山城屋の若衆の、それは勝手のあつかいだったからで。猪之松はあの晩お山の頼みで、総仕舞いをしてやったばかりなのであった。
「どっちみち何時《いつ》かは俺と林蔵とは、命の遣り取りをしなければならねえ、そこ迄の事情に逼っている。と云ったところでこんな往来で、しかもこんな朝っぱらに、試合などに事寄せられて、勝負をするのは気色が悪い、ここは一先ず避けることにしよう」
 林蔵よりは年長であり、思慮も熟している猪之松だったので、そ
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