風通しのよい上等の客間へ、秋山要介を慇懃に通し、茶菓を備え歓待し、これほどの高名の人物によって、訪問されたことの喜びやら、恐縮やら、光栄やらを感謝しいしい、浪之助が謹ましく応対したのは、それから間もなくのことであった。
貴殿と源女との以前の関係を、昨日源女より承《うけたま》わった。そうして昨日水品陣十郎が、どこやらのお長屋の庭において、誰やらと試合をしていたのを、貴殿御覧になられたと、そう源女に仰せられたそうな、そのお長屋がどこにあるか、それをお知らせにあずかりたく、拙者参上いたしたのでござると磊落な調子で要介は云った。
「陣十郎の現在の住居を、是非とも承知いたしたいので」
こう要介は附け加えた。
「本郷の榊原式部少輔《さかきばらしきぶしょうゆう》様の、お長屋の一軒でございました」と、浪之助はあの時見た一部始終を話した。
「何人のお長屋でござりましたかな?」
「さあそれは、うっかり致しまして、確かめませんでござりましたが、よろしくば私ご案内いたし」
「忝《かたじ》けのう[#「忝《かたじ》けのう」は底本では「恭《かたじ》けのう」]ござる、では遠慮なく、夕景にでもなりましたら、散策かた
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