が、鼻梁が太いので険しくなく、仁中《じんちゅう》の深いのは徳のある証拠、唇は薄くなく厚くない。程よいけれど、大形であった。色が白く頬が豊かで、顎も角ばらず円味づいていた。身長は五尺五六寸もあろうか、肉付は逞《たくま》しくあったけれど贅肉なしに引きしまっている。髪は総髪の大髻《おおたぶさ》で、髻《もとどり》の紐は濃紫《こむらさき》であった。黒の紋付に同じ羽織、白博多の帯をしめ、無反《むぞり》に近い長めの大小の、柄を白糸で巻いたのを差し、わざと袴をつけていないのは、無造作で磊落で瀟洒の性質をさながらに現わしていると云ってよろしく白博多の帯と映り合って、羽織の紐が髻と同じ、濃紫であるのは高尚であった。
そういう武士が立っていた。
と見てとって浪之助は、思わず「あッ」と声を上げ、抱えていた源女を放したかと思うと、四五尺がところ後へ辷《すべ》り、膝へ手を置いてかしこまってしまった。
武士の何者かを知っているからであった。
川越の城主三十五万石、松平大和守の家臣であって、知行は堂々たる五百石、新影流の剣道指南、秋山要左衛門の子息であり、侠骨凌々たるところから、博徒赤尾の磯五郎を助け、縄張出
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