見《へんみ》様何といたしましょう?」
「とり静める方法ござりますかな?」
「さあこう人心が亢《たかぶ》っていましては……」
「一時避けたがようござろう?」
 お妻や東馬も怯えたように、その側《そば》に立って震えていた。
 竹法螺が鳴り陣鐘が鳴り、やがて鉄砲の音さえした。
 閉ざされた大門が破られそうになった。

 嘉門と多四郎とお妻と東馬、四人を乗せた駕籠を守り、十数人の嘉門の家の子郎党が、騒乱の領内から裏山づたいに、福島の方へ走り出したのは、それから間もなくのことであった。

 その翌日の午後となった。
 林蔵の乾兒《こぶん》藤作は、フラリと自分の賭場を出て、猪之松の賭場の方へ足を向けた。
 猪之松の賭場は上ノ段にあって、この夜客人で一杯であった。


 藤作は酔っていた。
 そうして彼は上尾街道で、澄江を危難から救おうとした時、猪之松の乾兒の八五郎たちのために、叩きのめされたことを忘れなかった。
 いつか怨みを返してやろう――こういうことを考えていた。
 さて福島へやって来た。
 猪之松一家が上ノ段で、盛大に賭場をひらいていた。
「諸国の立派なお貸元衆が、ここには集まっているのだから、猪之松の方から手を出したら別だが、こっちから手を出しちゃアならねえぞ」
 親分林蔵から戒められてはいたが、猪之松の賭場には八五郎もいる、こいつどうしたってトッチメなけりゃアと、酔いも手伝って乾兒の藤作、猪之松の賭場へ出かけたのであった。
 内へ入って懐手をし、客人達の背後に突立ち、藤作は四辺《あたり》を睨み廻した。
 板敷の上へ長蓙を敷き――これを中にして客人達がズラリと並んで控えていた。猪之松の姿は見えなかったが、代貸元として一の乾兒、閂峰吉が駒箱を控え、銀ごしらえの[#「銀ごしらえの」は底本では「銀ごしらへの」]長脇差を引きつけ、正面の位置に坐っていた。
 中盆――即ち壺皿を振る奴、それが目差す八五郎であったが、晒の下帯一筋だけの、素晴しく元気のいい恰好で、盆の世話を焼いていた。
 勝ちつづけた客人の膝の前には、駒が山のように積まれてあり、こいつはニコニコ笑っている。
 馬持、山持、土地の大尽、どれを見ても客は立派なもので、いかがわしい手合などは一人もいなかった。
 藤作は自分で張ろうとはせず、何か因縁をつけてやろうと、いつまでも突立って眺めていた。
 その藤作が入って来た時から(厭な野郎が舞い込みやアがった)
 と、峰吉も八五郎も思ったが、まさか帰れとも云いかねて(障るな触れるな、そっと[#「そっと」に傍点]して置け)
 こう考えて眼まぜ[#「まぜ」に傍点]で知らせ合い、声もかけず勝負をつづけて行った。
 と、不意に藤作は怒鳴った。
「勝負待った、イカサマあ不可《いけ》ねえ!」
 同時に飛び出し盆蓙を掴むと、パーッとばかりにひっぺがした。
「野郎!」と飛び上ったは八五郎。
「賭場荒らしだ――ッ」と客人たちは、総立ちになって右往左往した。


「イカサマとは何だ、この野郎!」
 やにわに八五郎は飛びかかった。
 その横ッ面をポカリと一つ、藤作は見事にくらわせたが、
「イカサマだ――ッ、イカサマだ――ッ! ……高萩の猪之の賭場の壺振、八五郎はイカサマをして居りやす! ……お客人衆、イカサマだ――ッ」と叫んだ。
「藤作!」と腹に据えかねたように、怒声をあげると、閂峰吉、長脇差をひっ掴み、立ち上るとツカツカと前へ出た。
「見りゃア手前は赤尾の藤作、まんざら知らねえ顔でもねえ。事を決して荒立てたくはねえが、高萩一家が盆割の場所で、イカサマと云われちゃア、どうにも我慢が出来にくい。さあ云え云えどこがイカサマだ!」
「何を云やがる、イカサマだ――ッ、賽もイカサマなら盆もイカサマ、高萩一家は、イカサマだ――ッ」
 こう藤作は叫んだものの、実はイカサマを発見して、それであばれ出したというのではなく、ただ何かしらあばれてやろう、あばれて八五郎をとっちめてやろうと、そう思って仕掛けた賭場荒らしだったので、そう峰吉に突っ込まれては、イカサマの証拠をあげることなど、勿論することは出来ないのであった。
 イカサマだ――、イカサマだ――、とただ怒鳴った。
「野郎」と峰吉はいよいよ怒り、
「さては野郎賭場を荒らし、賭場銭さらいに来やがったな!」
 ここで嘲笑い毒吐いた。
「赤尾の林蔵は若いに似合わず、万事に行届きいい親分だと、仲間内で評判がいいと聞いたが、乾兒へロクロク小使さえくれず、懐中《ふところ》さみしくしていると見える。乾兒が場銭をさらいに来たわ! ……汝《うぬ》らに賭場を荒らされるような、高萩一家と思っているか! ……さあみんなこの野郎を、袋叩きにして追い返せ!」
 声に応じて八五郎はじめ、高萩身内の乾兒五六人、ムラムラと寄り藤作を囲み、撲り蹴り引きずり廻
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