る。……追い詰めたあげくどうするか? さあそのあげくどうするか?」
 云い云い陣十郎は言葉通り、左足を進め左足を進め、一歩一歩ジリリ、ジリリと、主水を薮の方へ追い詰めて行った。
 主水は次第に後へ下った。
 飛び込もうとしても飛び込めず、切りかかろうとしても切りかかれない。
 業の相違、伎倆《うで》の差違、段違いの悲しさは、どうすることも出来ないのであった。


 追い詰められながらも妹のことを、主水は暇なく思っていた。
 多勢に一人、しかも女、どうしただろうどうしただろう? ……叫声がする! 悲鳴が聞こえる! ……殺されたのではあるまいか? ……背後《うしろ》は大薮、それに遮られて、俺の姿は見えないはずだ。案じていよう悶えていよう。……
 上段に冠っていた陣十郎の刀が、忽然中段に直ったのは、主水が全く薮の裾に追い詰められた時であった。
「さあ追い詰めた! さてこれから……」
 陣十郎はまた喋舌り出した。
「退くことはなるまい、切り込んで来い、親の敵のこの拙者だ、さあ討ち取れ、切り込んで来い!」
 主水の咽喉へ切先を差しつけ、左の拳を丹田より上、三寸の辺りにぴたりとつけ、しかも腹部より二握りを距て、刀を構えて静まり返り、今度こそ切るぞ! からかう[#「からかう」に傍点]のは止めだ! こう決心をしたらしく、肺腑を抉るような鋭い眼で、主水の眼を睨み詰めた。
 切先と眼とに圧せられ、主水はさながら蛇に魅入られた蛙、それかのように居縮んでしまった。同じく中段に構えていたが、刀身が次第に顫えを帯び、下へ下へと下ろうとする。ハッハッと呼吸が忙《せわ》しくなり、睨んでいる眼が霞もうとする。流るるは汗! 上るは血液!
 と、フーッと主水の精神が、体から外へ脱けるように思われ、心がにわかに恍惚《うっとり》となった。気負けの極に起こるところの、気死の手前の状態であった。
 が、その時陣十郎の刀が、さながら水の引くがように、スーッと静かに冷たく、左の方へ斜に引かれた。
 あぶない! 悪剣だ! 「逆ノ車」だ! 剣豪秋山要介さえ[#「さえ」は底本では「さへ」]、破りかねると嘆息した、陣十郎独得の「逆ノ車」だ! その序の業だ! あぶないあぶない! 釣り出されて踏み込んで行ったが最後刀が車に返って来る! が、それも序の釣手だ! その次に行なわれる大下手切り! こいつだけは受けられない、ダーッと
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