疲労困憊その極にあった。しかも今も切りかかって来ている。そこへ兄であり恋人であり、許婚《いいなずけ》でもある主水の姿が見えなくなってしまったのである。
恐怖、不安、焦燥、落胆!
フラフラと倒れかかった。
「くたばれ――ッ」とばかりそこを目掛け、博徒権六が切り込んだ。
あやうく反わしたが躓《つまず》いて、澄江はドッと地に倒れた。
「しめた」と峯吉が切り下ろした。
パ――ッ! 倒れた姿のままで、早速の気転土を掬い、澄江は峯吉の顔へ掛けた。
「ワッ」
よろめき眼を抑え、引いたのに代って八五郎が、
「洒落臭え女郎!」と突いて来た。
ゴロリ! 逆に八五郎の方へ、寝返りを打って片手を延ばし、八五郎の足の爪先を掴み、柔術の寝業、外へ捻った。
「痛え!」
悲鳴して倒れた途端に、澄江は飛び起きフラフラと走り、
「お兄イ様ア――ッ」と悲しそうに呼んだ。
が、これがほとんど最後の、彼女の懸命の努力であった。
二間あまりも走ったが、不意に立ち止まるとブルブルと顫え、持っていた懐刀をポタリと落とし、あたかも腐木が倒れるように、澄江は地上へ俯向けに倒れた。
意識が次第に失われて行く。
その消えて行く意識の中へ、入って来る[#「入って来る」は底本では「入って來る」]博徒達の声といえば、
「殺すのは惜しい、担いで行け」
5
澄江を担いで三人の博徒が、高萩村の方へ走り出した時、街道へ二つの人影が現われ、指差ししながら話し合った。
杉浪之助と藤作であった。
今朝笹屋で眼をさまして聞くと、親分林蔵は少し前に、一人で帰ったということであった。そこで二人は少なからずテレて、急いで仕度《したく》をし出て来たところで、みれば博徒風の三人の男が、若い一人の女を担ぎ、耕地を走って行くところであった。
「この朝まだきに街道端で、女を誘拐《かどわか》すとは不埒千万、藤作殿嚇して取り返しましょうぞ」
「ようがす、やりましょう、途方もねえ奴らだ」
二人は素早く追いついた。
「やい待て待て、こいつらア――ッ」
まず藤作が声を上げた。
「女を誘拐《かどわか》すとは何事だ! ……ヨ――、汝《うぬ》らア高萩の、猪之松身内の八五郎、峯吉!」
「何だ何だ藤作か! チェッ、赤尾の百姓か!」
峯吉が憎さげにそう叫んだ、
「百姓とは何だ、溝鼠。……杉さん、こいつらア猪之松の乾兒《こぶん》で……」
それ以
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