をして、陣十郎は心よげに笑った。
 切歯はしたが澄江の命があぶない、要介も主水もかかりかね、足ずりをして躊躇《ためら》った。


 が、その時澄江が叫んだ。
「躊躇はご無用|妾《わたし》を殺して、陣十郎をお討取り下さりませ。……まずこの如く!」と繊手《せんしゅ》を揮った。
「ワッ」と陣十郎が途端に叫び、飛び退くと刀を肩に担ぎ、不覚にも一方へよろめいた。
 そこを目掛けて、
「二つになれ!」と、切り込んだは主水の刀であった。
 音!
 鏘然と一合鳴った。
 陣十郎が払ったのである。
 と見て取って翻然と、要介は無手で躍りかかった。
 剣光!
 斜に一流れした。
 陣十郎の横なぐりだ。
 が、何の要介が、切られてなろうか飛び違った。
 そこを二度目に切り込んだ主水!
 またも鏘然と音がして、陣十郎の払った刀の、切先が延びて主水の股へ!
「あッ」
 主水が地に仆れた。
「お兄様!」と簪《かんざし》を逆手に、それで陣十郎の足の甲を突き、機先を制した澄江が叫び、地を這って主水へ近寄った。
「今は憎さが!」と吼えながら、何という残虐陣十郎は、澄江の背を拝み打ち!
 切ろうとした一刹那風を切って、浪之助の投げた石|飛礫《つぶて》が、陣十郎の額へ来た。
「チェーッ」
 片手で払い落とした隙を、ドッとあて[#「あて」に傍点]た躰《たい》にあたり[#「あたり」に傍点]!
 要介の精妙の躰あたりを食らい、もんどり[#「もんどり」に傍点]打って二間の彼方《かなた》へ、毬のように飛ばされた陣十郎! とはいえ彼も鍛えた躰だ、飛燕の軽さ飛び起きるや、這い廻っている主水の傍を、矢のように駈け抜けて一散に脱兎!
「待て!」と要介は追っかけたが、
「浪之助殿、貴殿は居残り、主水殿と澄江殿を介抱なされい!」
「かしこまりました」
「頼む」と云いすて、要介は韋駄天追っかけたが、この辺りの地理に詳しい彼、陣十郎はどこへ行ったものか露路か小路へ逃げ込んだらしい、既に姿は見えなかった。
 が、この頃から物音に驚き、お長屋の窓や潜門《くぐり》が開き、人々が顔を出し、
「どうしたのだ?」
「火事か?」
「盗賊か?」
 などと、口々に罵った。
 要介はそこで、大音に叫んだ。
「悪漢、鴫澤家に禍《わざわい》いたし、この界隈に隠れ居ります。お出合い下されお探し下され」
「行け」「探せ」と人々は叫び、追っ取り刀で走り出し
前へ 次へ
全172ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング