具の襟から抽《ぬきん》でている。
 それは化物絵を思わせるに足りた。
「おい」と陣十郎は感傷的の声で、
「俺とお前は血縁だったなア」
「…………」
 主水は無言で頷いた。
「俺とお前は従々兄弟《またいとこ》だったんだなア」
「…………」
「だから互いに敵同志になっても、……」
「…………」
「こんな具合に住んでいられるのだなア」
「そうだよ」と主水も感傷的に云った。
「そうだよ俺達は薄くはあるが、縁つづきには相違ないのだ」
 ここで又二人は黙ってしまった。
 行燈の光が暗くなった。
 燈心に丁字でも立ったのであろう。
「寒い」と陣十郎は呟いた。
「木曽の秋の夜……寒いのう。……風邪でも引いては大変だ。わしの夜具を掛けてやろう」
 主水は云って自分の部屋へ立った。


 追分宿の大乱闘、その時仆れた陣十郎を目つけ、主水は討って取ろうとしたが、気絶している人間は討てぬ。で蘇生させたところ、陣十郎は無数の負傷、立ち上る気力もなくなっていた。
 しかし彼は観念し、草に坐って首差し延べ、神妙に討って取られようとした。
 これがかえって主水の心を、同情と惻隠とに導いて、討って取ることを出来なくした。
 で、介抱さえしてやることにした。
 旅籠へ連れて来て医師にかけた。
 それにしてもどうしてそんな負傷者を連れて、福島などへ行くのであろう?
 こう陣十郎が云ったからである。
「井上嘉門という馬大尽が、博徒猪之松の群にまじり、あの夜乱闘の中にいた。そこへ澄江殿が逃げ込まれた。と、嘉門が駕籠に乗せ、福島の方へ走らせて行った。その以前からあの嘉門め、澄江殿に執着していた。急いで行って取り返さずば、悔いても及ばぬことになろう。……これにはいろいろ複雑の訳と、云うに云われぬ事情とがある。そうして俺はある理由によって、その訳を知っている。が今は云いにくい。ただ俺を信じてくれ。俺の言葉を信じてくれ。そうして一緒に木曽へ行って、澄江殿を取り返そう」
 ――で、二人は旅立ったのであった。
 主水にしてからが澄江の姿を、追分の宿で見かけたことを、不思議なことに思っていた。馬大尽井上嘉門のことは、上尾宿の旅籠の番頭から聞いた。
 しかし、澄江と嘉門との関係――何故嘉門が駕籠に乗せて、澄江をさらって行ったかについては、窺い知ることが出来なかった。
 陣十郎は知っているらしい。
 詳しい事情を知っている
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