? 秋山氏、今日の勝負は?」
「アッハハ、後日真剣で!」
因果な恋
1
高萩村の村外れに、秩父|香具師《やし》の部落があり、「|刃ノ郷《やいばのごう》」と称していた。三十軒ほどの人家があり、女や子供や老人などを入れ、百五十人ほどの半農半香具師が、一致団結して住んでいた。
郷に一朝事が起こり、合図《しらせ》の竹法螺がボーッと鳴ると、一切の仕事を差し置いて、集まるということになっていた。
弁三爺さんという香具師の家は、この郷の片隅にあった。
茅葺の屋根、槇の生垣、小広い前庭と裏の庭、主屋、物置、納屋等々、一般の農家と変わりのない家作、――ただし床ノ間に鳥銃一挺、そうして壁に半弓一張、そういう武器が懸けてあるのは、本来が野士といって武士の名残――わけても秩父香具師は源氏の正統、悪源太義平から来ていると、自他共に信じているそれだけあって、普通の農家と異《ちが》っていた。
秋山要介と逸見多四郎とが、多四郎の道場で、木刀を交した、その日から数日経過したある日の、こころよく晴れた綺麗な午後、ここの庭に柿の葉が散っていた。
その葉の散るのをうるさ[#「うるさ」に傍点]そうに払って、お妻が庭へ入って来た。
「いい天気ね、弁三爺さん」
母屋の縁側に円座を敷き、その上に坐って憂鬱の顔をし、膏薬を練っていた弁三爺さんは、そう云われてお妻の顔を見た。
「よいお天気でございますとも……へい、さようで、よいお天気で」
――そこで又ムッツリと家伝の膏薬を、節立った手で練り出した。
お妻は眉をひそめて見せたが、
「日和が続いていい気持だのに、爺つぁんはいつも不機嫌そうね」
「へい、不機嫌でございますとも、倅が江戸へ出て行ったまま、帰って来ないのでございますからな」
「またそれをお云いなのかえ。ナーニそのうち帰って来るよ」とは云ったものの殺された倅、弁太郎が何で帰るものかと、心の中で思っているのであった。
(あの人を殺したのは陣十郎だし、殺すように進めたのは妾だったっけ)
こう思えばさすがに厭な気がした。
まだお妻がそんな邯鄲師《かんたんし》などにならず、この郷に平凡にくらしていた頃から、弁太郎はひどくお妻を恋し、つけつ[#「つけつ」に傍点]廻しつして口説いたものであった。その後お妻は故郷を出て、今のような身の上になってしまった。と、ヒョッコリ[#「ヒョッコリ」は底本では「ヒ
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