あった。
「府中の火祭り賭場は有名、関東の親分衆が、駒箱を乾児《こぶん》衆に担がせ、いくらともなく出張って来、掛け小屋で大きな勝負をやる筈。拙者、明日は早々ここを立って、府中《あそこ》へ参るつもりじゃ」これは山口という武士であった。
「わたくしも明日は府中へ参ります所存。この頃中|不漁《しけ》で、生物《なまもの》にもありつかず、やるせのうござれば、親分衆に取り持って貰って……」
 と、紋太郎が云った。生物というのは女のことらしい。

    血蜘蛛の紙帳

 それを聞くと、角右衛門は笑ったが、
「貴殿方は、どの親分のもとへ参らるる気かな。拙者は、松戸の五郎蔵殿のもとへ参るつもりじゃ。関東には鼻を突くほど、立派な親分衆がござるが、五郎蔵殿ほど、我々のような浪人者を、いたわってくださる仁はござらぬ」
「それも、五郎蔵殿が、武士あがりだからでございましょうよ」
 酔った頬を、夜風に嬲《なぶ》られる快さからか、四人の者は、雨戸の間《あい》に、目白のように押し並び、しばらくは雑談に耽ったが、やがて部屋の中へはいった。とたんに、
「やッ、腰の物が見えぬ!」と、角右衛門が、狼狽したように叫んだ。
 
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