えないかのような声で、しみじみと話し出した。「もっとも、これは噂で聞いただけで、わしは逢ったことはないのだが、来栖《くるす》勘兵衛、有賀《ありが》又兵衛という二人でな、義兄弟であったそうな。この者どもとなると、十人十五人は愚か、三十人五十人と隊を組み、槍、薙刀どころか、火縄に点火した鳥銃をさえ携え、豪農富商屋敷へ、白昼推参し、二日でも三日でも居坐り、千両箱の一つぐらいを、必ず持ち去ったものだそうじゃ。ところが、不思議なことには、この二人、甲州の大尽、鴨屋方に推参し、三戸前の土蔵を破り、甲州小判大判取り雑《ま》ぜ、数万両、他に、刀剣、名画等を幾何《いくばく》ともなく強奪したのを最後に、世の中から姿を消してしまったそうじゃ」
「召し捕られたので?」
「それが解らぬのじゃ」
 この時、庭の方から、轍《わだち》でも軋《きし》るような、キリキリという音が、深夜の静寂《しじま》に皹《ひび》でも入れるかのように聞こえて来た。武士たちは顔を見合わせた。この者どもは、永の浪人で、仕官の道はなく、生活《たつき》の法に困《こう》じたあげく、田舎の百姓や博徒の間を巡り歩き、強請《ゆすり》や、賭場防ぎをして、生
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