た髪、蒼白な顔、嵐に揉まれる牡丹桜とでも云おうか、友禅の小袖の袖口からは、緋の襲着《したぎ》がこぼれ、半分《なかば》解けた帯の間からは、身悶えするごとに、鴇色《ときいろ》の帯揚げがはみ出し、髪へ掛けた鹿の子の布が、蝋細工のような耳朶のあたりで揺れている態《さま》など、傷ましく哀れではあったが、尚美しさ艶かしさを失わない女の姿であった。
「ナニ、掛け代えのない大切の頼母様?」
と、お浦は、はじめて栞へ眼をつけたが、
「汝《わりゃ》ア何者? ……見ればまだ小娘! ……それなのに、妾の、頼母様のことを! ……」
気も遠々に、次第に地面へ伏し沈もうとする体を、またも猛然と揺り起こし、しかし、立ち上がる気力はなく両手を地に突き、栞の方へお浦は這い寄るのであった。
「さては汝《おのれ》は、頼母様に、横恋慕をしてこのお浦から……」
栞も今は一生懸命、胸を反らせ、膝を揃え、膝の上へ両手を重ね、毅然とした態度となったが、
「横恋慕などとは穢らわしい、そなたこそ誰じゃ? そなたこそ横恋慕! ……妾はこの土地の郷士飯塚薪左衛門の娘栞! ……頼母様とは将来《ゆくすえ》を誓約《ちか》った仲! ……邪《よこし》まの恋などではござりませぬ! ……それを横恋慕などと! ……」
「吠《ほざ》くな小娘!」
と、お浦は、南国に住むという傘蛇《からかさへび》が、敵に襲いかかるように、ユラユラと背延びをし、両手を高く上げたが、
「命取られるまでに折檻《せっかん》され、嬲《なぶ》り殺しにかけられたお浦、それも頼母様のため! これが邪まの恋か! ……おおおお、これが邪まの恋か! ……恋? なんの! 恋なものか! おおおお、恋などという生やさしいものは、妾にとっては、遠い昔の物語! ……真実《まっとう》の人間に復活《かえ》ろうと、久しい間、男嫌いで通して来たものを! ……恋? それも邪まの恋? ……何んの何んの頼母様は、わたしにとっては恋以上のお方! ……救世主《すくいぬし》! ……おおおお、でも、この妾の心! ああやっぱり恋かしら? ……恋なら恋でままよ! その恋ひたむきにとげるまでよ! ……吠《ほざ》いたな小娘! 頼母様とは将来を誓約《ちか》った仲と! ……まことなりや、その仲裂かいで置こうか! ……汝《おのれ》を殺してエーッ」
と、バッと蔽いかかろうとした。
紙帳の外は修羅場
瞬間、白光が、二人の間を裁断《たちき》った。
地に置いてあった抜き身を取り上げ、左門が二人の間へ突き出したのであった。
「待て! ……さりながら、純情と純情! ……ハーッ」
と、太い息をした。
五郎蔵の贔屓《ひいき》を受けていながら、五郎蔵を裏切り天国の剣を持ち出し、頼母に渡そうとしたこと、邪まの所業《しわざ》には相違なかったが、生命をかけての頼母への執着ぶりから云えば、お浦の想い、純情といわずして何んだろう。
左門のような人間をして、腹の底から笑わせた栞の無邪気さ! その栞の頼母への恋が、純情であることはいうまでもなかった。
その純情と純情とが、狭い紙帳の中で、今や噛み合おうとしているのであった。
(俺には扱い兼ねる)
左門は太い息をしたのである。
「栞殿」
と、やがて左門は云った。
「拙者、先ほど、阿婆擦《あばず》れた女などが、そなたの恋人へ附きまとうやもしれずと申しましたな。……お浦こそその女子! ……しかし、そなたの、頼母殿を想う念力強ければ、お浦など、折伏《しゃくぶく》すること出来ましょう! ……弱ければ、折伏されるまでよ! ……お浦!」
と、お浦を、不愍《ふびん》そうに見詰め、
「そちの頼母殿への執着、浅間しいともいえれば不愍ともいえる! ……しかし思え! そちの命は助からぬやもしれぬ。死に際を潔うせよ! ……栞殿へ恋を譲れ! ……そこまでに強い想い、譲るは辛いであろうが、譲れば、かえってそちの煩悩、まず第一に救われるであろうぞ! ……栞殿も救われ、頼母殿ものう。……栞殿は無邪気な処女《おぼこ》、頼母殿を、荒《すさ》んだ仇し女などに取られるより、まだしも栞殿に譲った方がのう。……さりながら、女の世界での出来事は、男の世界からはうかがいしること出来ぬわい! そちたち委《まか》せ! ……おさらばじゃ!」
刀を引くと立ち上がり、紙帳の側面《かべ》へ身を寄せたが、
「二人ながら安心いたせ! 二人の希望を叶え、拙者、五郎蔵はじめ、五郎蔵の乾児どもを、斬って斬って斬りまくり、頼母殿の命はきっと救う! ……注意《こころ》いたせ!」
と、左門は訓《いまし》めるように云った。
「二人ながら紙帳を出るな! ……紙帳こそは拙者の家、わが城砦《とりで》、この中にそちたちいる限りは、拙者身をもって護ってとらせる! 出たが最後、拙者|関係《かかわ》らぬぞ!」
幾多の
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