を重ね、厚板《あついた》の帯を結んでいる。こんな賭場へ来ているのは、五郎蔵が、
「おいお浦、祝儀ははずむから、小屋へ来て、客人の、酒や茶の接待をしてくんな」と頼んだからであるが、その実は、五郎蔵としては、片時もこの女を、自分の側《そば》から放したくないからであった。
(賭場に神棚が祭ってあるのは変だな)
と、盆の背後、客人の間に雑じって立っていた頼母は、五郎蔵やお浦から眼を外し、五郎蔵の背後、天井に近く設けられてある、白木造りの棚を眺めた。紫の幕が張ってあり、燈明が灯してあった。
(何かの縁起には相違あるまいが)
ゆすり浪人
この間にも、五百両胴のチョボ一は、勝負をつづけて行った。胴親、五郎蔵の膝の前に積まれてある、二十五両包みが、封を切られたかと思うと、ザラザラと賭け金が、胴親のもとへ掻き寄せられもした。
一人ばからしいほど受け目に入っている客人があった。編笠を冠ったままの、みすぼらしい扮装《みなり》の浪人であったが、小判小粒とり雑《ま》ぜ、目紙《めがみ》の三へ張ったところ、それが二回まで受け、五両が百二十五両になった。それだのに賭金《かね》を引こうともせず、依然として三の目へ張り、
「壺!」と怒鳴っているのであった。
客人たちは囁《ささや》き出した。
「お侍さんだけに度胸があるねえ」
「今度三が出たらどうなると思う」
「胴親が、四倍の、五百両を附けるまでよ」
「元金《もときん》を加えて、六百二十五両になるってわけか」
「それじゃア、五百両胴は潰れるじゃアねえか」
染八という乾児《こぶん》が中盆をしていたが、途方にくれたように、五郎蔵の顔を見た。と、この時まで、小面憎そうに、勝ち誇っている浪人を、睨《にら》み付けていたお浦が、
「親分」と例の五郎蔵へ囁いた。
「喜代三を引っ込めなさいよ」
喜代三というのは、壺振りの名であった。
「喜代三にゃア、三が振り切れそうもないじゃアありませんか」
「大丈夫だ」
五郎蔵の声は自信に充ちていた。
「天国《あまくに》様が附いている」
それから神棚の方へ頤をしゃくったが、「五郎蔵の賭場、一度の疵《きず》も附いたことのねえのは、天国様が附いているからよ。喜代三、勝負しろ」
(天国様?)
と、五郎蔵の言葉《ことば》を小耳に挾んで、不審を打ったのは、頼母で、
(それじゃアあの神棚には、天国の剣が祭ってあるのか
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