組みをし、紙帳を見ていた。その姿は、たった今しがたまで、殺戮《さつりく》をほしいままにしていた人間などとは見えなかった。顔色はいつもどおり蒼白かったが、いつも煤色の唇は赤くさえあった。目立つのはその眼で、それには何かを悲しんででもいるかのような色があった。何を悲しんでいるのであろう? 頼母は左門の視線が紙帳に食い入っているのを見、自分も紙帳を見た。
紙帳は、血によって、天井も四方の側面《がわ》も、ことごとく彩色《いろど》られていた。そうして、古い血痕と、新らしい血痕とによって、怪奇《ふしぎ》な模様を染め出していた。すなわち、塔のような形が描かれてい、堂のような形が描かれてい、宝珠のような形が描かれてい、羅漢のような姿が描かれてい、仏のような姿が描かれてい、卍のような形が描かれているのであった。
それは、諸法具足を象徴《あらわ》した曼陀羅の模様であった。血で描かれた曼陀羅紙帳は、諸所《ところどころ》切り裂かれ、いまだに血をしたたらせ、ノロノロとしたたる血の筋で、尚、如来の姿や伽藍の形を描いていた。
(諸法を具足すれば円満の境地であり、円満の境地は、一切無差別、平等の境地であり、この境地へ悟入《はい》った人間《ひと》には、不平も不安も不満もない。そういう境地を模様で現わしたものが曼陀羅だ。……この紙帳の内と外とで、俺は幾十人の人を殺したことか。……また、この中で、父上も俺も、どれほど考え苦しみ、怒り、悶え、憎み、喜び、泣き、笑ったことか。紙帳こそは、父上と私との、思考《かんがえ》と行動《おこない》との中心であった。……その紙帳が、曼陀羅の相を呈したとは?)
考えに沈んでいる左門の前で、血曼陀羅の紙帳は、微風に揺れ、皺を作ったり、襞《ひだ》を拵《こしら》えたりしていた。
(少くも曼陀羅の境地へ悟入《はい》るには、思考と行動とが同伴《ともな》わなければいけないらしい。……少くも俺は、この紙帳の内と外とで、善悪共に、思考《かんが》え且つ行動《おこな》ったのは事実だ)
さっき紙帳へ停まって啼いていた頬白ででもあろうか、一羽の頬白が、矢のように翔けて来て、紙帳へ停まろうとしたが、鮮血の赤さに驚いたのか、飛び去った。
(紙帳が曼陀羅の相を呈したのは、この中で思考え行動った俺の行為《おこない》が、曼陀羅の境地へ悟入る行為であったと教えてくれたのか? ……そんなことはない! …
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