が開いた。
天智天皇の七年、高麗国《こまのくに》の滅亡するや、その遺民唐の粟《ぞく》を食《は》むことを潔しとせず、相率いて我が国に帰化し、その数数千に及び、武蔵その他の東国に住んだが、それらの者の長《おさ》、剽盗《ぞく》に家財を奪われるを恐れ、塚を造り、神を祭ると称し、塚の下に穴倉を設け、財宝を隠匿《かく》した。
これが道了塚の濫觴《はじまり》なのであって、勘兵衛、又兵衛の浪人組どもは、その塚を利用し、強奪して来た財宝を、その穴倉の中へ、隠匿したに過ぎなかった。栓のように見えていた小岩は、穴倉の上置きの磐石を辷らせる、槓桿《こうかん》だったらしい。その槓桿を動かしたがために、穴倉の口が開いたのらしい。
「う、う、う!」
という呻き声が、塚の縁から、穴倉の中を見下ろしている薪左衛門の口から起こった。
因果応報
その穴倉の中の光景は? 白昼の陽光《ひ》が、新しい藁束のように、穴倉の中へ射し、穴倉の中は、新酒を充たした壺のように明るかったが、頭でも打ったのか、仰向けに仆れ、手足をバタバタ動かしながらも、立ち上がることの出来ない五郎蔵の姿が、負傷した螳螂《かまきり》かのように、その底に沈んで見えていた。でもその彼の、頭の辺や足の辺や左右やに、白く散在している物像《もののかたち》は何んだろう? 人間の骸骨であった。それこそ、この穴倉の秘密を、世間へ知らせまいため、強奪した財宝を運ばせて来た百姓どもを、そのつど、浪人組の者どもは、この穴倉の中へ斬り落としたが、その百姓どもの骸骨に相違なかった。今、尚、立ち上がろうとしてもがく、五郎蔵の足に蹴られ、三尺ぐらいの白い棒が、宙へ躍り上がったが、宙で二つに折れて地へ落ちた。股の附け根からもげた骸骨の脚が、宙でさらに膝からもげたものらしい。また、すぐに、五郎蔵の手に刎ねられ、碗のような形の物体が、穴倉の口もと近くまで舞い上がって来たが、雪球《ゆきだま》のように一瞬間輝いたばかりで、穴倉の底へ落ちて行った。髑髏《どくろ》であった。一体の、完全に人の形を保っている骸骨が、穴倉の壁面《かべ》に倚りかかっていた。穴倉を出ようとして、よじ登ろうとして、力尽き、そのまま死んだものと見え両手を、壁面に添えて、上の方へ延ばしていた。仔細に眺めたなら、その骸骨の足もとに、鞘の腐《く》ちた両刀が落ちているのを認めることが出来たろう。武士の
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