染八の首級《くび》は、碇綱《いかりづな》のように下がっている撥《は》ね釣瓶《つるべ》の縄に添い、落ちて来たが、地面へ届かない以前《まえ》に消えてしまった。年月と腐蝕《むしくい》とのためにボロボロになっている井桁を通し、井戸の中へ落ちたのであった。
「タ、誰《たれ》か、来てくれーッ」
染八の後を追って、これも水を飲みに来た壺振りの喜代三は、染八の死骸が、片手を脇差しの柄へかけたまま、自分の前へ転がって来たのに躓《つまず》き、夢中で両手を上げて、そう叫んだ。しかし誰も来ない以前《まえ》に、左門の刀が、胴から反対側の脇下まで斬っていた。死骸となって斃れた喜代三の傷口から、大量の血が流れ出、地に溜り、その中で蟻が右往左往した。啓蟄《あなをで》て間のない小蛇が、井戸端の湿地《しめじ》に、灰白い紐のように延びていたが、草履を飛ばせ、跣足《はだし》となり、白い蹠《あしうら》をあらわしている死骸の染八の、その蹠の方へ這い寄って行った。そうしてその、小蛇が、染八の足首へ搦み付いた頃には、五味左門は、道了塚の方へ続いている林の一つへ、その長身を没していた。
彼は道了塚の方へ歩いて行くのであった。
悩みの殺人鬼
懐手《ふところで》をし、少し俯向《うつむ》き、ゆるゆると歩いて行く左門の姿は、たった今、人を殺した男などとは思われないほど、冷静であったが、思いなしか、淋しそうではあった。顔色もいくらか蒼味を帯びていた。林の中はひっそりとしていて、小鳥の啼き声ばかりが、頭上から、左右から聞こえて来た。山鳩が幾羽か、野の方から林の中へ翔《か》け込んで来たが、人間の姿を見て驚いたように、一斉に棹のように舞い立ち、木々の枝へ停まった。
木々を巡り、藪を避《よ》け、左門は、道了塚の方へ歩いて行く。
それにしても、どうして彼は、農家の隠居家などにいたのであろう? 何んでもなかった、三日前の夜、府中の武蔵屋で、ああいう騒動を惹《ひ》き起こしたが、切り抜けて遁がれた。遁がれたものの、伊東頼母を、返り討ちにすることが出来なかったことが残念であった。
(いずれは彼奴《きゃつ》も、この左門を討とうと、この界隈を探し廻っていることであろう、そこを狙って討ち取ってやろう)
こう思い、あの農家に頼み込み、しばらく身を隠して貰っていたのであった。出かけて行って、頼母の居場所を探りたくはあったが、松戸
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