花弁や花粉やらがちりばめられていた。この高さ二間周囲十間の道了塚は、いわば広々とした平野の中に出来ている瘤《こぶ》のようなものであった。しかし、この一見平凡の道了塚も、過去に多くの秘密を持っている薪左衛門にとっては、重大な記念物らしく、栞に助けられて、それを躄りのぼる彼の顔には、複雑な深刻な表情があった。やがて彼は碑を正面《まえ》にして坐った。彼の手には、鞘に納められた天国が、握られていた。
「栞や、わしはここで一人で考えごとをしていたいのだよ。一人にしておいてくれ」
 薪左衛門は、握っている白鞘の剣の周囲を、黄色い蝶が、謎めいた飛びかたをしているのを、無心で眺めながら、何んとなく放心したような声で云った。

    塚の中からの声

「はい」
 と栞は、素直に答えて、衣裳の赤い裾裏と、草履の赤緒との間に、白珊瑚《しろさんご》のように挾まっている可愛らしい素足を運ばせ、塚を下りた。そうして、塚の裾に、萠黄色《もえぎいろ》の座布団を敷いた躄り車が、もうその座布団の上へ、落花を受けて、玩具《おもちゃ》かのように置いてある横に立って、父親の方を振り返って見たが、やがて所在なさそうに、道了塚の背後に、壁のように立っている雑木林――かつて、五味左門が、紙帳を釣って野宿した、その雑木林の中へはいって行った。
 一人となった薪左衛門は、碑を見上げて、じっとしていた。裾に坐って、見上げているためでもあろう、六尺の碑が、二丈にも高く思われ、今にも、自分の上へ、落ちかかって来はしまいかと案ぜられた。陽に照らされて、その碑の面は、軟らかく艶めいてさえ見えたが、精悍に刎ねて刻《ほ》ってある七字の題目は、何かを怒《いか》って、叱咤しているかのように思われた。
 薪左衛門の記憶は徐々に返って来た。自分が有賀又兵衛と宣り、兄弟分の来栖勘兵衛と一緒に、浪人組の頭として、多勢の無頼の浪人を率い、関東一帯を荒らし廻った頃の、いろいろさまざまの出来事が、次から次と思い出されて来た。
(幾万両の財宝を強奪したことやら)
 奪った財宝の八割までを、自分と勘兵衛とが取り、後の二割を、配下の浪人どもへ分配してやった悪辣《あくらつ》の所業《しわざ》なども思い出された。そうして、大仕事をすると、官《おかみ》の探索の眼をくらますため、一時組を解散し、自分は今の屋敷へ帰って来、真面目な郷士、飯塚薪左衛門として、穏しく生
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