うお紅を載せているところの、天鵞※[#「糸+戊」、513−下−12]《びろうど》張りの異国風の寝椅子は、先刻《さっき》から絶間のないリズムをもって、上へ下へと揺れている。
 お紅の心へ萌したものは、異性恋しさの心持であった。
 その異性の対象は、最初は北畠秋安であった。
「妾《わたし》…………! 妾を…………!」
 で、若々しい健康らしい、秋安の肉体を描いてみた。
「妾はあのお方と約束をした。行末|夫婦《めおと》になりましょうと。……おいで下され! おいで下され! そうして妾を愛撫して下され!」
 次第に心が恍惚として来る。全身が鞣めされ麻痺されて来る。処女《おとめ》心が失われようとする。
「ああ妾には誰でもいい」
 不健全で好色で惨忍な、秀次の顔が浮かんで来た。
 と、秀次に…………甦って来た。ちっとも穢わしく思われない。ちっとも厭らしく思われない。今は全く反対であった。…………希《ねが》っていた。
 だがその次に浮かんで来たのは、不破小四郎の姿であった。
「今直ぐ妾へ来て下さるなら、……………!」
 美しくはあったが上品ではなかった。――そういう不破小四郎の顔が、お紅には上品に見えさえした。
「ああ妾はあの人にだって…………!」
 寝台がリズミカルに揺れている。
 お紅の全身は汗ばんで来た。呼吸が…………。薄衣の下の肉体が…………。
 で、この寝部屋の寝台の上に、…………裸形の女は、決してお紅ではないのであった。単なる漁色的の動物であった。つつましい清浄なお紅という処女は、ほんの少し前に消えたのである。
 しかし漁色の動物は、お紅一人ではないのであった。
 あの近東の回教国の、密房に則って作ったところの、この奇形な建物の内には、同じような部屋が幾個《いくつ》かあって、その部屋々々には漁色狂の女が、無数に籠められて居るらしい。その証拠には四方八方から、極めて遠々しくはあったけれど、…………を柱へでも投げつけるらしい、物の音などが聞こえてきた。
 みだらな唄声なども聞こえてくる。
 だがお紅には聞こえなかった。
 掻きむしられるような…………が、身心をメラメラと焼き立てる。その…………を消し止めようと、お紅は夢中で争っている。
 しかし絶対に勝ち難かった。次第々々に負けて来た。とうとうお紅は打ちのめされた。
「妾は…………! 最初に来た人へ!」
 桃色の薄衣を退《の
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