う。
不破小四郎と四人の武士とは、云いつのり[#「つのり」に傍点]ながらなだめ[#「なだめ」に傍点]ながら、次第にこっちへ近寄って来る。
と、一所に木立があって、そこの前までやって来た時に、飜然と飛び出した人影があった。同時に月光を横に裂いて、蒼白く閃めくものがあった。と、すぐに悲鳴が起こって、朽木三四郎がぶっ[#「ぶっ」に傍点]仆れた。すなわち木立から飛び出して来た、覆面姿の侍が、先に立って歩いて来た朽木三四郎を、抜き打ちに切って斃したのである。
「曲者!」と叫んだのは加島欽哉で、太刀柄へ右手をグッと掛けたが、引き抜くことは出来なかった。三四郎を斃した覆面の武士が、間髪を入れないで閃めかした太刀に、左肩を胸まで割られたからである。
「曲者!」とまたも同音に叫んで、山崎内膳と桃ノ井紋哉とが、左右から同時に切り込んで行った。が、それとても無駄であった。片膝を敷いた覆面の武士が、横へ払った太刀につれて、まず内膳が腰車にかけられ、ノッと立ち上った覆面の武士の、鋭い突きに桃ノ井紋哉が、胸を突かれて斃れたからである。
四人を瞬間に打って取った、覆面の武士の腕の冴えには、形容に絶した凄いものがあった。
と、その武士がツと進んだ。
「小四郎! 不破! 極悪人め! よくもお紅殿を奪ったな! 某こそは北畠秋安! 怨みを晴らしにやって来た。お紅殿を取り返しにやって来た! 観念!」
とばかり切り込んだ。
「出合え! 曲者!」と叫んだが、不破小四郎は見苦しくも、主殿をさして逃げ出した。
「逃げるか! 卑怯! 何で遁そう!」
四人を切った血刀を、頭上に振り冠った秋安は、すぐに小四郎を追っかけた。
と、その眼前へ大兵の武士が、遮るようにして現われたが、威厳のあるドッシリとした沈着の声で、
「北畠殿と仰せられるか、まずお待ちなさるよう。某事は木村常陸介、子細は見届け承わってござる。悪いようには計らいますまい」
こう云うと手を上げて制するようにした。
廊下を渡る雪燈の火
現われた武士は誰あろう、聚楽第《じゅらくだい》における第一の智謀で、かつは誠忠無双であって、しかも身分は宿老であって、その上性質は寛仁大度、この人一人があるがために、秀次の生命は保たれて居り、聚楽の生命も保たれて居ると、世評一般に云われて居るところの、木村常陸介と耳にするや、逸《はや》り切っていた北畠秋安も
前へ
次へ
全40ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング