なに、お帰りなさる日をお待ちしたことか! ……いつまでお待ちしてもお帰りにならない。……そのうちだんだんわたしにしましても、お家にいることが苦痛になり……それでとうとう同じ年の、十二月の雪の日に、お姉様と同じように家出をし……」
「おお、まアそれではお前も家出を……」
「それからの憂艱難と申しましたら……世間知らずの身の上が祟って……誘拐《かどわか》されたり売られたり……そのあげくがこんな身分に……」
「お葉や、わたしも、そうだった。今のわたしの身分といったら、曲独楽使いの太夫なのだよ! ……荏原屋敷の娘、双生児《ふたご》のお嬢様と、自分から云ってはなんだけれど、可愛らしいのと幸福なのとで、人に羨まれたわたしたち二人が、揃いも揃って街の芸人に!」
 泉水で鯉が跳ねたのであろう、鞭で打ったような水音がした。
 高く抽《ぬきんで》て白蓮の花が、――夜だから花弁をふくよかに閉じて、宝珠かのように咲いていたが、そこから甘い惑わすような匂いが、双生児の姉妹《きょうだい》の悲しい思いを、慰めるように香って来ていた。
「お葉や」とやがてあやめ[#「あやめ」に傍点]は云った。
「わたし決心をしたのだよ
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