た。
三卿の筆頭であるところの、田安中納言家のお屋敷であった。客殿、本殿、脇本殿、離亭《はなれ》、厩舎、望楼《ものみ》台、そういう建物が厳しく、あるいは高くあるいは低く、木立の上に聳え木立の中に沈み、月光に光ったり陰影《かげ》に暗まされたりして、宏大な地域を占領している。
(奥方様付きのお腰元ゆえ、大奥にお在《い》でとは思うけれど、その大奥がどこにあるやら?)
といっていつ迄も植込の中などに、身を隠していることも出来なかったので、
(建物の方へ忍んで行ってみよう)
で、彼女は植込を出て、本殿らしい建物の方へ、物の陰を辿って歩いて行った。
この構内の一画に、泉水や築山や石橋などで、形成《かたちづく》られている庭園があったが、その庭園の石橋の袂へ、忽然と一人の女が現われたのは、それから間もなくのことであった。女は? 浪速《なにわ》あやめ[#「あやめ」に傍点]であった。鼠小紋の小袖に小柳襦子の帯、お高祖頭巾をかむったあやめ[#「あやめ」に傍点]であった。
それにしてもあやめ[#「あやめ」に傍点]はほんの先刻《さっき》まで、女猿廻しお葉として、老人主従と連れ立ってい、そうしてつい[#
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