したか?」
「ノンビリとお眠りでございます。……やんわりとした積藁の上に、お八重様にはお眠ねで」
「強情を張る女には、どうやらこの手がよいようだのう」
「死んだようになっている女の子を、ご介抱なさるのは別の味で……ところでお殿様お下りなさいますか? ……すこし梯子《はしご》は急でござんすが」
「まさか穴倉の底などへは。……命じて置いた場所へ運んで行け」
「かしこまりましてございます」
 奥眼と云われる窪んだ眼、鉤鼻と云われる険しい鼻、そういう顔をした四十五六歳の、陥穽から抽け出て来た男は、また陥穽の中へ隠れようとした。
 と、頼母は声をかけた。
「八重めが途中で正気に返ったら、猿轡など噛ませて声立てさせるな。よいか勘兵衛、わかったろうな」
「わかりましてござります」
 その男――勘兵衛は頷いて云った。
 勘兵衛? いかにもその男は、両国広小路の曲独楽の定席《こや》の、太夫元をしていた勘兵衛であった。でもその勘兵衛は今日の夕方、その定席の裏木戸口で、浪速あやめ[#「あやめ」に傍点]のために独楽の紐で、締め殺されたはずである。それだのに生きてピンシャンしているとは? しかも田安家の奥家老、
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