、嘲笑いの眼で見詰めたが、
「去年の秋御殿で催された、観楓の酒宴以来|其方《そち》と主税《ちから》とが、恋仲になったということは、わしにおいては存じて居った。が、お八重其方も存じおるはずだが、其方を恋して其方という者を、主税より先に我物にしようと、懇望したものは誰だったかのう?」
頼母はお八重を嘗めるように見たが、
「わしであったはずじゃ、頼母であったはずじゃ」
云い云い頼母は老いても衰えない、盛り上っている肉太の膝を、お八重の方へニジリ[#「ニジリ」は底本では「ニヂリ」]寄せた。
お八重は背後《うしろ》へ体を退《ず》らせたが、しかしその瞬間去年の秋の、観楓の酒宴での出来事を、幻のように思い出した。
その日、夜になって座が乱れた。お八重は酒に酔わされたので、醒まそうと思って庭へ出た。と、突然背後から、彼女に触れようとする者があった。お八重は驚いて振り返ってみると、意外にも奥家老の松浦頼母で、
「其方《そち》がお館へ上った日以来、わしは其方に執心だったのじゃ」と云った。
すると、そこへちょうど折よく、これも酒の酔いを醒まそうとして、通り掛かった山岸主税が、
「や、これはご家老様
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