お逢いなされ、あなた様にはさぞこのあやめ[#「あやめ」に傍点]が、憎い女に思われるでございましょうが、あなた様のお為に人間一人を、締め殺しましたことにお免じ下され、どうぞお許しなすって下さいまし」
教団の祖師
でも主税は返辞をしなかった。
ますます衰弱が激しくなり、又神気が朦朧となり、返辞をすることが出来ないからであった。
(このお方死ぬのではあるまいか?)
こう思うと彼女は悲しかった。
(実家《いえ》を出て十年にもなる。流浪から流浪、艱難から艱難、いろいろのお方とも出入りを重ねたが、真底から可愛《いと》しいと思われたのは、偶然にお逢いしたこの方ばかり。……それだのにこのお方死なれるのかしら?)
月の位置が移ったからであろう。梢から射していた月光が、円い巨大な柱のように、あやめ[#「あやめ」に傍点]と主税との二人の体の上へ、蛍草の色に降りて来ていた。その明るい光の輪の中では、産れて間もないらしい細い羽虫が、塵のように飛び交っていた。そうして明るい光の輪の底には、白芙蓉のように蒼白い、彫刻のように端正の、主税の顔が弱々しく、眼を閉じ口を閉じて沈んでいた。
(こうしてはい
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