は驚き、介抱しようとして屈み込んだ。
その主税の眼の前の地上を、小蛇らしいものが一蜒りしたが、空店《あきだな》の雨戸の隙の方へ消えた。
息絶えたらしい勘兵衛の体は、もう延びたまま動かなかった。
「どうしたどうした!」
「勘兵衛の声だったぞ」と小屋の中から人声がし、幾人かの人間がドヤドヤと、木戸口の方へ来るらしかった。
(巻添えを食ってはたまらない)
こう思った主税が身を飜えして、この露路から走り出したのは、それから間もなくのことであった。
白刃に囲まれて
この時代《ころ》のお茶の水といえば、樹木と藪地と渓谷《たに》と川とで、形成《かたちづく》られた別天地で、都会の中の森林地帯であった。
昼間こそ人々は往《ゆ》き来したが、夜になるとほとんどだれも通らず、ただひたすら先を急いで迂回することをいとう人ばかりが、恐々《こわごわ》ながらもこの境地《とち》を、走るようにしてとおるばかりであった。
そのお茶の水の森林地帯へ、山岸主税が通りかかったのは、亥《い》の刻を過ごした頃であった。
あやめ[#「あやめ」に傍点]が行方不明となった、勘兵衛という太夫元が、何者かに頓死させられ
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