やら空店になっているらしく、ビッシリ雨戸がとざされていて、火影一筋洩れて来なかった。
 洞窟の穴かのように、長方形に空いている木戸口にも、燈《ひ》というものは点《つ》いていなかった。しかし、遥かの小屋の奥から、ぼんやり蝋燭の光が射して来ていて、眼の窪んだ、鼻の尖った、頬骨の立った悪相の持主の、勘兵衛という男を厭らしい存在として、照らし出してはいるのであった。
「昨日《きのう》まではこの小屋に出ていたはずだが、いつあやめ[#「あやめ」に傍点]は席を退いたのだ?」
 こう主税は又訊いた。
「退いたとも何とも申しちゃアいません。ただ彼女《あいつ》今日はいないので」
「一体あやめ[#「あやめ」に傍点]はどこに住んでいるのだ?」
「さあそいつ[#「そいつ」に傍点]は……そいつはどうも……それより一体|貴郎《あなた》様は、どうして何のために彼女を訪ねて、わざわざおいでなすったんで?」
 かえって怪訝そうに勘兵衛は訊いた。

   第三の犠牲

 主税《ちから》があやめ[#「あやめ」に傍点]を訪ねて来たのは、何と思って自分へ独楽をくれたのか? どうして猿廻しなどに身をやつしていたのか? その事情を訊
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