のようすが、朧気ながらも見えるようになった時には、女猿廻しの姿も、美童の姿も猿の姿も、眼前から消えてなくなっていた。

 その翌日のことである、田安家の奥家老|松浦頼母《まつうらたのも》は、中納言家のご前へ出で、
「お館様これを」とこう言上して、一葉の紙片を差し出した。
 泉水に水が落ちていて、その背後《うしろ》に築山があり、築山をめぐって桜の老樹が、花を渦高く咲かせており、その下を将軍家より頂戴したところの、丹頂の鶴が徘徊している――そういう中庭の風景を、脇息に倚って眺めていた田安中納言はその紙片を、無言で取上げ熟視された。
 一杯に数字が書いてあった。
「これは何だ?」と、中納言家は訊かれた。
「隠語とのことにござります」
「…………」
「昨夜近習の山岸主税こと、怪しき女猿廻しを、ご用地にて発見いたし、取り抑えようといたしましたところ、女猿廻しには逃げられましたが、その者独楽を落としました由にて、とりあえず独楽を調べましたところ、この紙片が籠められておりましたとか……これがその独楽にござります」
 頼母は懐中から独楽を出した。
 中納言家はそれを手にとられたが、
「これは奥の秘蔵の
前へ 次へ
全179ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング