、どうしてくれるか!)
突き進んで躍りかかろうとした。しかし足が言うことをきかなかった。
と云って足が麻痺したのではなく、眼の前にある光景が、変に異様であり妖しくもあり、厳かでさえあることによって、彼の心が妙に臆《おく》れ、進むことが出来なくなったのである。
(しばらく様子を見てやろう)
木の根元にうずくまり、息を詰めて窺った。
老人は何やら云っているようであった。
白い顎鬚が上下に動き、そのつど肩まで垂れている髪が、これは左右に揺れるのが見えた。
どうやら老人は猿廻しに向かって、熱心に話しているらしかった。
しかし距離が遠かったので、声は聞こえてこなかった。
主税はそれがもどかしかったので、地を這いながら先へ進み、腐ちた大木の倒れている陰へ、体を伏せて聞耳を立てた。
「……大丈夫じゃ、心配おしでない、猿めの打撲傷《うちみ》など直ぐにも癒る」
こういう老人の声が聞こえ、
「躄者《いざり》さえ立つことが出来るのじゃからのう。――もう打撲傷は癒っているかもしれない。……これこれ小猿よ立ってごらん」
言葉に連れて地に倒れていた猿が、毬のように飛び上り、宙で二三度|翻筋斗《
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