、どうしてくれるか!)
 突き進んで躍りかかろうとした。しかし足が言うことをきかなかった。
 と云って足が麻痺したのではなく、眼の前にある光景が、変に異様であり妖しくもあり、厳かでさえあることによって、彼の心が妙に臆《おく》れ、進むことが出来なくなったのである。
(しばらく様子を見てやろう)
 木の根元にうずくまり、息を詰めて窺った。
 老人は何やら云っているようであった。
 白い顎鬚が上下に動き、そのつど肩まで垂れている髪が、これは左右に揺れるのが見えた。
 どうやら老人は猿廻しに向かって、熱心に話しているらしかった。
 しかし距離が遠かったので、声は聞こえてこなかった。
 主税はそれがもどかしかったので、地を這いながら先へ進み、腐ちた大木の倒れている陰へ、体を伏せて聞耳を立てた。
「……大丈夫じゃ、心配おしでない、猿めの打撲傷《うちみ》など直ぐにも癒る」
 こういう老人の声が聞こえ、
「躄者《いざり》さえ立つことが出来るのじゃからのう。――もう打撲傷は癒っているかもしれない。……これこれ小猿よ立ってごらん」
 言葉に連れて地に倒れていた猿が、毬のように飛び上り、宙で二三度|翻筋斗《
前へ 次へ
全179ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング