。
あやめ[#「あやめ」に傍点]は座敷へ引き返し、間《あい》の襖《ふすま》の前に立ち、そっとその襖を引き開けた。
山岸主税《やまぎしちから》がこっちへ背を向け、首を垂れて襟足を見せ、端然として坐ってい、その彼の膝のすこし向うの、少し古びた畳の上で、淀屋の独楽が静かに廻っていた。また何か文字でも現われまいかと、今日も熱心に淀屋の独楽を、彼は廻しているのであった。
「あッ!」と主税は思わず叫んだ。
「何をなさる、これは乱暴!」
でももうその時には主税の体は、背後《うしろ》からあやめの手によって、横倒しに倒されていた。
「悪|巫山戯《ふざけ》もいい加減になされ。人が見ましたら笑うでござろう」
主税は寝たままで顔を上げて見た。すぐ眼の上にあるものといえば、衣裳を通して窺われる、ふっくりとしたあやめ[#「あやめ」に傍点]の胸と、紫の艶めかしい半襟と、それを抜いて延びている滑らかな咽喉と、俯向けている顔とであった。
その顔の何と異様なことは! 眼には涙が溜まり唇は震え、頬の色は蒼褪め果て、まるで全体が怨みと悲しみとで、塗り潰されているようであった。そうしてその顔は主税の眼に近く、五寸と離
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