た一匹の小猿が、淀屋の独楽を両手に持ち、胸の辺りに支えて覗いているではないか。
頼母はクラクラと眼が廻った。
「…………」
無言で背後から躍りかかった。
その頼母の袖の下をくぐり、藤八猿は独楽を握ったまま、素早く廊下へ飛び出した。
「はーッ」と不安の溜息を吐き、後を追って頼母も廊下へ出た。数間の先を猿は走っている。
「はーッ」
頼母はよろめきながら追った。猿は庭へ飛び下りた。頼母も庭へ飛び下りたが、猿の姿は見えなかった。
頼母はベタベタと地へ坐った。
「取られた! ……独楽を! ……淀屋の独楽を! ……猿に! ……はーッ……猿に! 猿に!」
恋のわび住居
それから一月の日が経った。桜も散り連翹《れんぎょう》も散り、四辺《あたり》は新緑の候となった。
荏原郡《えばらごおり》馬込の里の、農家の離家《はなれ》に主税《ちから》とあやめ[#「あやめ」に傍点]とが、夫婦のようにして暮らしていた。
表面《おもてむき》は夫婦と云ってはいるが、体は他人の間柄であった。
三間ほどある部屋のその一つ、夕陽の射している西向きの部屋に、三味線を膝へ抱え上げ、あやめ[#「あやめ」に傍点
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