歩きながら袖の中の独楽を、主税はしっかりと握りしめ、
 ――あの浪人をはじめとして、同志だという多数の人々が、永年この独楽を探していたという。ではこの独楽には尋常《ひととおり》ならない、価値と秘密があるのだろう。よし、では、急いで家へ帰って、根気よく独楽を廻すことによって、独楽の面へ現われる文字を集め、その秘密を解き価値を発見《みつ》けてやろう。――興味をもってこう思った。
(駕籠にでも乗って行こうかしら?)
(いや)と彼は思い返した。
(暗い所へでも差しかかった時、あの浪人か浪人の同志にでも、突然抜身を刺し込まれたら、駕籠では防ぎようがないからな。……先刻《さっき》の浪人の剣幕では、それくらいのことはやりかねない)
 用心しいしい歩くことに決めた。
 平川町を通り堀田町を通った。
 右手に定火消の長屋があり、左手に岡部だの小泉だの、三上だのという旗本屋敷のある、御用地近くまで歩いて来た時には、夜も多少更けていた。
 御用地を抜ければ田安御門で、それを通れば自分の屋敷へ行けた。それで、主税は安堵の思いをしながら、御用地の方へ足を向けた。
 しかし、小泉の土塀を巡って、左の方へ曲がろうと
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