、主馬之進と密談いたしましたり、主馬之進と一緒に屋敷内を、そここことなく探したりしました。探った結果その武士こそ、主馬之進の実の兄の、田安家の奥家老、松浦頼母だと知りました」
「知らなかった、わたしは! まるで知らなかった! ……でもどうしてそんな立派な、田安中納言様の奥家老が、実の弟を荏原屋敷へ入れたり、自身微行して訪ねて行ったり?」
「慾からですお姉様、慾からです! ……それも大きな慾から! ……」

   荏原屋敷の秘密

 どこから話したらよかろうかと、思案するかのようにお葉は黙って、あやめ[#「あやめ」に傍点]の顔を見守った。
 姉妹《きょうだい》二人が抱き合った時、お葉の肩から飛び下りた小猿は――藤八猿は築山の頂きに、赤いちゃんちゃんこ[#「ちゃんちゃんこ」に傍点]を着て置物のように坐り、姉妹の姿を見下ろしている。
「高麗郡の高麗家と同じように、荏原郡の荏原屋敷が、天智天皇様のご治世に、高麗の国から移住して来た人々の、その首領《おかしら》を先祖にして、今日まで連綿と続いて来た、そういう屋敷だということは、お姉様《あねえさま》もご存知でございますわねえ」とやがてお葉はしんみり[#「しんみり」に傍点]と、囁くような声で語り出した。
「その移住して来た人々が、高麗の国から持って来た宝を、荏原屋敷で保管して、代々伝えたということも、お姉様にはご存知ですわねえ。……でも、その宝物は長い年月の間に、持ち出されて使い果たされ、尋常の人間の智慧ぐらいでは、絶対に発見することの出来ない、宝物の隠匿《かくし》場所ばかりが、今も荏原屋敷のどこかにあるという、そういうこともお姉様には、伝説として聞いて知っていますわねえ。……ところが……」と云って来てあやめ[#「あやめ」に傍点]の両手を、お葉はひし[#「ひし」に傍点]と握りしめ、一層声を落として云った。
「ところが今から百五十年前、元禄年間に大財産が、その隠匿所へこっそりと、仕舞い込まれたということですの」
「まあ」とあやめ[#「あやめ」に傍点]も唾を呑み、握られている手を握り返したが、
「どういう財産? どういう素性の?」
「浪速《なにわ》の豪商淀屋辰五郎が、闕所《けっしょ》になる前に家財の大半を、こっそり隠したということですが、その財産だということですの」
「まあ淀屋の? 淀辰のねえ」
「それをどうして知ったものか、松浦頼母が知りまして、美貌の弟の主馬之進《しゅめのしん》を進め、わたし達のご両親に接近させ、そのあげくにお父様を、あのような手段で非業に死なせ、お母様を誑《たぶら》かし、わたし達の家へ入婿になり……」
「おおなるほどそうなのかえ、そうして財産の隠匿場所を……」
「そうなのですそうなのです、時々やって来る頼母と一緒に、主馬之進めはその隠匿場所を……」
「発見《みつけだ》そうとしているのだねえ。……そう聞いてみれば松浦頼母めが、お父様の敵《かたき》の元兇なのだねえ。……ああそれでやっとわたしには解《わか》った。何でお前がこのような所へ、こんな田安様のお屋敷内へ、忍び込んで来たのかと不思議だったが、では頼母を殺そうとして……」
「いいえお姉様わたしはそれ前に、ここのお腰元のお八重様のお命を……それよりお姉様こそどうしてここへ?」
「ここのご家臣の山岸主税様の、お命をお助けいたそうとねえ……」
 こうして姉妹《きょうだい》は各自《めいめい》の目的を――この夜この屋敷内へ忍び込んだ、その目的を話し出したが、この頃主税とお八重とは、どんな有様であるのであろう?

   崩折れる美女

 主税《ちから》とお八重《やえ》とは依然として、松浦|頼母《たのも》の屋敷の部屋に、縄目の恥辱を受けながら、二人だけで向かい合っていた。
「独楽を渡して配下になるか、それとも拒んで殺されるか? 即答することも困難であろう。しばらく二人だけで考えるがよい」
 こう云って頼母が配下を引き連れ、主屋の方へ立ち去ったので、二人だけとなってしまったのである。
 一基の燭台には今にも消えそうに、蝋燭の火がともってい、その光の穂を巡りながら、小さい蛾が二つ飛んでいる。
 顔に乱れた髪をかけ、その顔色を蒼白にし、衣紋を崩した主税の体は、その燭台の背後《うしろ》にあった。そうして彼の空洞《うつろ》のような眼は、飛んでいる蛾に向けられていた。
(もともと偶然手に入った独楽だ。頼母にくれてやってもよい。莫大な金高であろうとも、淀屋の財産など欲しいとは思わぬ。……しかしこのように武士たる自分を、恥かしめ、虐み、威嚇した頼母の、配下などには断じてなれない。と云って独楽を渡した上、頼母の配下にならなければ、自分ばかりかお八重の命をさえ、頼母は取ると云っている。残忍酷薄の彼のことだ、取ると云ったら取るだろう。……命を取られてたまるもの
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