した時、
「居たぞ!」「捕らえろ!」「斬ってしまえ!」と言う、荒々しい男の声が聞こえ、瞬間数人の武士が殺到して来た。
(出たな!)と主税は刹那に感じ、真先に切り込んで来た武士を反《かわ》し、横から切り込んで来た武士の鳩尾《みぞおち》へ、拳で一つあてみ[#「あてみ」に傍点]をくれ、この勢いに驚いて、三人の武士が後へ退いた隙に、はじめて刀を引っこ抜き、正眼に構えて身を固めた。
 すると、その時一人の武士が、主税を透かして見るようにしたが、
「や、貴殿は山岸氏ではないか」と驚いたように声をかけた。
 主税も驚いて透かして見たが、
「何だ貴公、鷲見《すみ》ではないか」
「さようさよう鷲見|与四郎《よしろう》じゃ」
 それは同じ田安家の家臣で、主税とは友人の関係にある、近習役の鷲見与四郎であった。
 見ればその他の武士たちも、ことごとく同家中の同僚であった。
 主税は唖然として眉をひそめたが、
「呆れた話じゃ、どうしたというのだ」
「申し訳ない、人違いなのじゃ」
 言い言い与四郎は小鬢を掻いた。
「承知の通りのお館の盗難、そこで拙者ら相談いたし、盗人をひっ捕らえようといたしてな、今夜もお館を中心にして、四方を見廻っていたところ、猿廻しめに邂逅いたした」
「猿廻し? 猿廻しとは?」
「長屋の女小供の噂によれば、この頃若い猿廻しめが、しげしげお長屋へやって来て、猿を廻して銭を乞うそうじゃ」
「そこで、怪しいと認めたのじゃな」
「いかにも、怪しいと認めたのじゃ。……その怪しい猿廻しめに、ついそこで逢ったので、ひっ捕らえようとしたところ、逃げ出しおって行方不明よ」
「なに逃げ出した? それなら怪しい」
「……そこへ貴殿が土塀を巡って、突然姿をあらわしたので……」
「猿まわしと見誤ったというのか?」
「その通りじゃ、いやはやどうも」
「拙者猿は持っていない」
「御意で、いやはや、アッハッハッ」
「そそっかしいにも程があるな」
「程があるとも、一言もない、怪我なかったが幸いじゃ」
「すんでに貴公を斬るところだった。これから貴公たちどうするつもりじゃ」
「業腹[#「業腹」は底本では「剛腹」]じゃ。このままではのう。……そこでこの辺りをもう一度探して……」
「人違いをして叩っ切られるか」
「まさか、そうそうは、アッハッハッ。……貴殿も一緒に探さぬかな」
「厭なことじゃ。ご免蒙ろう。……今日拙者は非番なのでな、そこで両国へ行ったところ、あそこへ行くと妙なもので、田舎者《おのぼりさん》のような気持になる。それで拙者もその気になって、曲独楽の定席へ飛び込んだものよ。すると、そこに綺麗な女太夫がいて……」
「ははあ、その美形を呼び出して、船宿でか? ……こいつがこいつが!」
「何の馬鹿らしいそのようなこと。……もう女には飽きている身じゃ。……ただその美しい女太夫から、珍らしい物を貰うたので、これから緩々《ゆるゆる》屋敷へ帰って、その物を味わおうとこういうのじゃ。……ご免」と主税は歩き出した。

   猿廻し

 歩きながら考えた。
 何故この頃お館には、金子などには眼をくれず、器物ばかりを狙って盗む、ああいう盗難があるのだろう? それも一度ならずも二度三度、頻々としてあるのだろう?
(ある何物かを手に入れようとして、それに関係のありそうな器物を、狙いうちにして盗んでいるようだ。……そのある物とは何だろう?)
 これまで盗まれた器物について、彼は記憶を辿ってみた。
 蒔絵の文庫、青銅の香爐、明兆《みんちょう》の仏書、利休の茶柄杓、世阿弥筆の謠の本……等々高価の物ばかりであった。
(盗難も盗難だがこのために、お館の中が不安になり、お互い同士疑い合うようになり、憂鬱の気の漂うことが、どうにもこうにもやりきれない)
 こう主税は思うのであった。
(お互い同士疑い合うのも、理の当然ということが出来る。お館の中に内通者があって、外の盗賊と連絡取ればこそ、ああいう盗みが出来るのだからなア。……そこで内通者は誰だろうかと、お互い同士疑い合うのさ)
 主税はこんなことを考えながら、御用地の辺りまで歩いて来た。
 御用地なので空地ではあるが、木も雑草も繁っており、石材なども置いてあり、祠なども立っており、水溜や池などもある。そういう林であり藪地なのであった。
 と、その林の奥の方から、キ――ッという猿の啼声が、物悲しそうに聞こえてきた。
(おや)と主税は足を止めた。
(いかに藪地であろうとも、猿など住んでいるはずはない。……では話の猿廻しが?)
 そこで主税は堰を飛び越え、御用地の奥の方へ分け入った。草の露が足をぬらし、木の枝が顔を払ったりした。
 また猿の啼声が聞こえてきた。
 で、主税は突き進んだ。
 すると、果たして一人の猿廻しが、猿を膝の上へ抱き上げて、祠の裾の辺りへうず
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