が知りまして、美貌の弟の主馬之進《しゅめのしん》を進め、わたし達のご両親に接近させ、そのあげくにお父様を、あのような手段で非業に死なせ、お母様を誑《たぶら》かし、わたし達の家へ入婿になり……」
「おおなるほどそうなのかえ、そうして財産の隠匿場所を……」
「そうなのですそうなのです、時々やって来る頼母と一緒に、主馬之進めはその隠匿場所を……」
「発見《みつけだ》そうとしているのだねえ。……そう聞いてみれば松浦頼母めが、お父様の敵《かたき》の元兇なのだねえ。……ああそれでやっとわたしには解《わか》った。何でお前がこのような所へ、こんな田安様のお屋敷内へ、忍び込んで来たのかと不思議だったが、では頼母を殺そうとして……」
「いいえお姉様わたしはそれ前に、ここのお腰元のお八重様のお命を……それよりお姉様こそどうしてここへ?」
「ここのご家臣の山岸主税様の、お命をお助けいたそうとねえ……」
 こうして姉妹《きょうだい》は各自《めいめい》の目的を――この夜この屋敷内へ忍び込んだ、その目的を話し出したが、この頃主税とお八重とは、どんな有様であるのであろう?

   崩折れる美女

 主税《ちから》とお八重《やえ》とは依然として、松浦|頼母《たのも》の屋敷の部屋に、縄目の恥辱を受けながら、二人だけで向かい合っていた。
「独楽を渡して配下になるか、それとも拒んで殺されるか? 即答することも困難であろう。しばらく二人だけで考えるがよい」
 こう云って頼母が配下を引き連れ、主屋の方へ立ち去ったので、二人だけとなってしまったのである。
 一基の燭台には今にも消えそうに、蝋燭の火がともってい、その光の穂を巡りながら、小さい蛾が二つ飛んでいる。
 顔に乱れた髪をかけ、その顔色を蒼白にし、衣紋を崩した主税の体は、その燭台の背後《うしろ》にあった。そうして彼の空洞《うつろ》のような眼は、飛んでいる蛾に向けられていた。
(もともと偶然手に入った独楽だ。頼母にくれてやってもよい。莫大な金高であろうとも、淀屋の財産など欲しいとは思わぬ。……しかしこのように武士たる自分を、恥かしめ、虐み、威嚇した頼母の、配下などには断じてなれない。と云って独楽を渡した上、頼母の配下にならなければ、自分ばかりかお八重の命をさえ、頼母は取ると云っている。残忍酷薄の彼のことだ、取ると云ったら取るだろう。……命を取られてたまるもの
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