により、明朝打ち首に致すはずじゃ。……が、主税、よく聞くがよい、其方の持っておる淀屋の独楽を、わしの手へ渡すということであれば、八重の命はわしが助けてやる。そうして此処から逃がしてやる。勿論、その後は二人して夫婦になろうとそれは自由じゃ」
 ここで頼母は言葉を切り、また二人をじろり見て、
「それともあくまで強情を張って、淀屋の独楽を渡さぬとなら、この場において其方《そのほう》を殺し、明朝八重を打ち首にする。……主税、強情は張らぬがよいぞ。独楽の在り場所を云うがよい」

   極重悪木の由来

 この頃|戸外《そと》の往来を、植木師の一隊が通っていた。そうして老人と美少年と、女猿廻しのお葉とが、その後を尾行《つけ》て歩いていた。
 と、静かに三人は足を止めた。
 行手に大名屋敷の土塀が見え、裏門らしい大門が見え、その前へ植木師の一隊が、植木を積んだ車を囲み、月光の中に黒く固まり、動かずに佇んだからであった。
 大名屋敷は田安家であった。
 と、白い髪を肩の辺りで揺るがせ、白い髯を胸の辺りで顫わせ、深い感情を抑え切れないような声で「飛加藤《とびかとう》の亜流」という老人は云った。
「数日前に『極重悪木』を、彼ら田安家へ植え込んで、腰元を数人殺したそうだが、今夜も田安家へ植え込もうとしておる。……彼、東海林自得斎《しょうじじとくさい》め、よくよく田安家に怨みがあると見える!」
「お爺さん」とお葉は恐ろしそうに訊いた。
「極重悪木と仰有《おっしゃ》るのは? 東海林自得斎と仰有るのは?」
「私《わし》たちの祖師様とはいつの場合でも、反対の立場に立っている、世にも恐ろしい恐ろしい男、それが東海林自得斎なのだよ。その男も私達の祖師様のように、三十年もの間一本の木を、苦心惨憺して育てたのだよ。それが極重悪木なのだ。触った生物を殺す木なのだ。来る道々按摩を殺し、仲間を殺したその木なのだ。あそこにいる植木師たちの植木の中に、その木が一本雑っているのだよ」
「その東海林自得斎という男、何をしてどこに居りますの?」
「日本一大きな植木師として、秩父山中に住んでいるのだよ。幾個《いくつ》かの山、幾個かの谷、沢や平野を買い占めてのう。幾万本、いや幾十万本の木を、とりこ[#「とりこ」に傍点]にして置いて育てているのだよ。そうして大名衆や旗本衆や、大金持の人々から、大口の注文を承わっては、即座に数
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