あそいつア仕方ねえとしても、どうやらあっしというこの人間、あんなちょろっか[#「ちょろっか」に傍点]の締め方じゃア、殺されそうもねえ罪業者と見え、次の瞬間にゃア生き返って、もうこの通りピンピンしていまさあ。……そこでこの屋敷へ飛んで来て、淀屋の独楽を取らねえ先に、あやめ[#「あやめ」に傍点]の阿魔に逃げられたってこと、松浦様にご報告すると……」
「それでは汝《おのれ》も松浦頼母の……」
重ね重ねの意外の事件に、主税は心を顛倒させながら、嗄《しゃが》れた声で思わず叫んだ。
恋人が盗賊とは
「あたぼう[#「あたぼう」に傍点]よ、ご家来でさあ……もっとも最初《はな》は松浦様のご舎弟、主馬之進《しゅめのしん》様のご家来として、馬込の里の荏原《えばら》屋敷で……」
「喋舌《しゃべ》るな!」と叱るように一喝したのは、刀を杖のように突きながら、ノッソリと立ち上った頼母であった。
「お喋舌り坊主めが、何だベラベラと」
それから主税の側《そば》へ行った。
「主税」と頼母は横柄の態度で、主税を上から見下ろしたが、
「其方《そち》の恋女腰元八重、縛《いまし》められてこの屋敷に居ること、さぞ其方には不思議であろうな。……その理由明かしてとらせる! お館にての頻々たる盗難、……その盗人こそ八重であったからじゃ!」
「…………」
主税は無言で頼母を見上げた。余り意外のことを云われたので、その言葉の意味が受け取れず、で、呆然としたのであった。
「代々の将軍家より当田安家に対し下し賜わった名器什宝を、盗み出した盗人こそ、そこに居る腰元八重なのじゃ!」
驚かない主税をもどかしがるように、頼母は言葉に力を罩《こ》めて云った。
「…………」
しかし、依然として主税は無言のまま、頼母の顔を見上げていた。
と、静かに主税の顔へ、ヒヤリとするような凄い笑いが浮かんだ。
(この姦物め、何を云うか! そのような出鱈目を云うことによって、こっちの心を惑わすのであろう。フフン、その手に乗るものか)
こう思ったからである。
「主税!」と頼母は吼えるように喚いた。しかし、今度は反対《あべこべ》に、訓すような諄々とした口調で云った。
「女猿廻しより得たと申して、今朝|其方《そち》隠語の紙片と独楽とを、わしの許まで持って参り、お館の中に女の内通者あって、女猿廻しと連絡をとり、隠語の紙を伝《つて》として
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