相を燭台の燈の、薄暗い中で強ばらせ、肋骨《あばら》の見えるまではだかった[#「はだかった」に傍点]胸を、怒りのために小顫いさせ、主税は怒声を上げ続けた。
「お館様の寛大仁慈に、汝《おのれ》つけ込んで年久しく、田安家内外に暴威を揮い、専横の振舞い致すということ、我ばかりでなく家中の誰彼、志ある人々によって、日頃取沙汰されていたが、よもや奥方様ご秘蔵の、淀屋の独楽を奪い取り、贋物をお側《そば》に置いたとは、――そこまでの悪事を致しおるとは、何たる逆賊! 悪臣! ……いかにも拙者浪速あやめ[#「あやめ」に傍点]より、淀屋の独楽を貰い受けた。それも偶然貰い受けたばかりで、それには大して執着はない。長年その独楽を得ようとして、探し求めていたというからには、進んで呉れてやらないものでもない。……が、何の汝《おのれ》ごときに――主君の家を乱脈に導き、奥方様のお大切の什器を、盗んだという汝如きに与えようや、呉れてやろうか! それを何ぞや一味にしてくれるの、財宝の分け前与うるのと! わッはッはッ、何を戯言! 一味になるは愚かのこと、縄引き千切り此処を脱け出し、直々お館にお眼通りいたし、汝の悪行を言上し、汝ら一味を狩りとる所存じゃ! 財宝の分け前与えると※[#感嘆符疑問符、1−8−78] わッはッはッ、片腹痛いわい! 逆に汝の独楽を奪い、隠語の文字ことごとく探り、淀屋の財宝は一切合財、この主税が手に入れて見せる! 解け、頼母、この縄を解け!」
 主税は満身の力を罩《こ》め、かけられている縄を千切ろうとした。土気色の顔にパッと朱が注し、額から膏汗《あぶらあせ》が流れ出した。

   生きている勘兵衛

「馬鹿者、騒ぐな、静かに致せ!」
 主税《ちから》のそういう悲惨《みじめ》な努力を、皮肉と嘲りとの眼をもって、憎々しく見ていた頼母《たのも》は云った。
「縄は解けぬ、切れもしないわい! ……お前がこの場で執るべき道は、お前の持っておる独楽をわしに渡し、わしの一味配下となるか、それともあくまで強情を張って、淀屋の独楽をひし[#「ひし」に傍点]隠しに隠し、わしの配下に殺されるか、さあこの二つの道しかない! ……生きるつもりか、死ぬつもりか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] どうだ主税、どっちに致す!」
 頼母は改めてまた主税を見詰めた。
 しかし主税は返事さえしないで、憎しみと怒りとの籠った眼
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