松浦頼母というような、大身の武士とこのように親しく、主従かのように振舞っているとは?
 しかしそういうさまざまの疑問を、座敷牢の中へ残したまま、勘兵衛は陥穽の中へ消えてしまった。と、下っていた陥穽の蓋が、自ずと上へ刎ね上り、陥穽の口を閉ざしてしまった。
 頼母が網行燈をひっさげて、座敷牢から立去った後は、闇と静寂《さびしさ》ばかりが座敷牢を包み、人気は全く絶えて[#「絶えて」は底本では「耐えて」]しまった。

 それから少時《しばらく》の時が経った。
 同じ廓内の一所に、奥家老松浦頼母の屋敷が、月夜に厳めしく立っていた。その屋敷の北の隅に、こんもりとした植込に囲まれ、主屋と別に建物が立っていた。
 土蔵造りにされているのが、この建物を陰気にしている。
 と、この建物の一つの部屋に、山岸主税が高手籠手に縛られ、柱の傍に引き据えられてい、その周囲に五人の覆面の武士が、刀を引き付けて警戒してい、その前に淀屋の独楽の一つを、膝の上へ載せた松浦頼母が、主税を睨みながら坐ってい、そうしてその横に浪人組の頭の、飛田林覚兵衛が眼を嘲笑わせ、これも大刀[#「大刀」はママ]を膝の前へ引き付け、主税を眺めている光景を、薄暗い燭台の黄色い光が朦朧として照していた。
 それにしてもどうして山岸主税が、こんな所に縛られているのだろう?
 そうして何故に飛田林覚兵衛が、こんな所へ現われて、松浦頼母の家来かのように、悠然と控えているのだろう?

   悪家老の全貌

 お茶の水で飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》に襲われ、浪速《なにわ》あやめ[#「あやめ」に傍点]に助けられ、そのあやめが雇ってくれた駕籠で山岸主税《やまぎしちから》は屋敷へかえって来た。
 すると、屋敷の門前で、五人の覆面武士に襲撃された。まだ主税は身心衰弱していたので、他愛もなく捕らえられ、目隠しをされて運ばれた。
 その目隠しを取られたところが、今居るこの部屋であり、自分の前には意外も意外、主家の奥家老である松浦頼母と、自分を襲った浪人の頭、飛田林覚兵衛がいるではないか!
 夢に夢見るという心持、これが主税の心持であった。
「主税」と頼母は威嚇するように云った。
「淀屋の独楽を所持しおること、飛田林覚兵衛より耳にした。その独楽を当方へ渡せ!」
 それから頼母は自分の膝の上の独楽を、掌《てのひら》にのせて見せびらかすようにしたが
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