の一味が居りまして、それと連絡をとりまして、お館の大切な器類を、盗み出したに相違なく、しかも女猿廻し一味のものは、女に相違ござりませぬ。何故と申せば隠語の文字、女文字ゆえでござりまする。左様、女にござりまする! 奥方様付のお腰元、お八重殿にごさりまする! わたくしお八重殿の文字の癖をよく存じておりまする』とな。……」
「嘘だ嘘だ! 嘘でごさりまする! 主税殿が何でそのようなことを!」
手を握りしめ歯切りをし、お八重はほとんど狂乱の様で、思わず声高に叫ぶように云った。
「妾《わたし》の、妾の、主税様が!」
「フッフッフッ、ハッハッハッ、可哀そうや可哀そうやのう[#「のう」に傍点]お八重、其方《そち》としては信じていた恋男が、そのようなことをするものかと、そう思うのは無理もないが、それこそ恋に眼の眩んだ、浅はかな女の思惑というもの、まことは主税というあの若造、軽薄で出世好みで、それくらいの所業など平気でやらかす、始末の悪い男なのじゃ。つまるところ恋女の其方を売って、自分の出世の種にしたのよ」
ここで頼母はお八重の顔を、上眼使いに盗むように見たが、
「だが、座敷牢へは入れたものの、其方の考え一つによって命助ける術もある。お八重、強情は張らぬがよい、この頼母の云うことを聞け! 頼母|其方《そなた》の命を助ける!」と又肉太の膝をムズリと、お八重の方へ進めて行った。
陥穽から男が
すると、お八重の蒼白の顔へ、サッと血の気の注すのが見えたが、
「えい穢らわしい、何のおのれに!」
次の瞬間にお八重の口から、絹でも裂くように叫ばれたのは、憎悪に充ちたこの声であった。
「たとえ打ち首になろうとも、逆磔刑にされようとも、汝《おのれ》ごときにこの体を、女の操を許そうや! 穢らわしい穢らわしい! ……山岸主税様が隠語の執筆家《かきて》を、この八重と承知の上で、汝の許へ申し出たとか! 嘘だ、嘘です、何の何の、主税様がそのようなことをなされますものか! ……なるほど、あるいは主税様は、なにかの拍子に女猿廻しから、独楽に封じた隠語の紙を、お手に入れられたかもしれませぬが、わたくしの筆癖と隠語の文字とが、似ているなどと申しますものか! もし又それにお気附きになったら、わたしの為に計られて、かえってそれを秘密にして、葬ってしまったでございましょう! わたしに対する主税様の、熱い烈しい
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