「八重は死にます! ……殺して下さりませ! ……八重は盗人でござります! ……深い事情がありまして……あるお方に頼まれまして……お館の数々のお宝物を、盗んだに相違ござりませぬ。……貴郎《あなた》様のお手にかかりまして、もし死ねましたら八重は本望! ……悲しいは愛想を尽かされますこと! ……死にたい! 殺して下さりませ!」
花が不意に散ったように、お八重の顔は沈んで袖の上へ消えた。
泣き声が細い糸のように引かれた。
(そうか、やっぱり盗人なのか)
主税は首を膝へ垂れた。
(深い事情があるといった。そうだろう! その事情は?)
泣き声はなおも断続して聞こえた。
(事情によっては許されもするが……)
(あるお方に頼まれたという。何者だろう、頼んだものは?)
「ここを出たい!」と声に出して、主税は思わずそう叫んだ。
縄を千切って、お八重を助け出して、ここを出たい! ここを出たい!
無効《むだ》と知りながら又主税は、満身に力を籠めて体を揺すった。
しかし、縄は切れようともしない。
時がだんだん経って行く。
廊下に向いて立てられてある襖が、向う側から開いたのは、それから間もなくのことであった。
(来たな、頼母め!)と主税は睨んだ。
しかるに、部屋の中へ入って来たのは、赤いちゃんちゃんこ[#「ちゃんちゃんこ」に傍点]を着た小猿であった。
「猿!」と主税は思わず叫んだ。
途端に、小猿は飛びかかって来た。
「こやつ!」
しかし藤八猿は、主税の体にかかっている縄を、その鋭い歯で食い切り出した。
どこからともなく口笛の音が、猿の所業を鼓舞するかのように、幽かに幽かに聞こえてきた。
第二の独楽の文字
この頃主屋の一室では、覚兵衛や勘兵衛を相手にして、松浦|頼母《たのも》が話していた。四辺《あたり》には杯盤が置き並べてあり、酒肴などがとり散らされていた。
「これに現われて来る文字というものが、まことにもって訳の解《わか》らないものでな、ざっとまアこんな具合なのだ」
云い云い頼母は握っていた独楽を、畳の上で捻って廻した。幾台か立ててある燭台から、華やかな燈光《ひのひかり》が射し出ていて、この部屋は美しく明るかったが、その燈光《ひかり》に照らされながら、森々と廻っている独楽の面へ、白く文字が現われた。
「屋の財宝は」という五つの文字であった。
「屋の字の
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